【高校野球】横浜・織田翔希「もう100%」完全復活 153キロ連発で東海大相模に勝利

横浜対東海大相模 横浜2番手の織田翔希(撮影・宮地輝)

<高校野球神奈川大会:横浜8-1東海大相模>◇16日◇4回戦◇サーティーフォー保土ケ谷球場

“夏の織田”が、再び動き出した。横浜の最速154キロ右腕で、ドラフト上位候補に挙がる織田翔希投手(3年)が、東海大相模とのライバル校対決で、左足首付近の打撲から復帰した。7点リードで迎えた8回2死。先発の小林鉄三郎投手(2年)に代わり、マウンドに立ち、最速153キロをマーク。1/3回を1安打無失点。試合を締め、チームも県内連勝記録を「35」に伸ばした。

   ◇   ◇   ◇

復活のマウンドに“織田らしさ”が詰まった。チームメートに笑顔で送り出されると、大きく深呼吸。2球目から4球続けて153キロを記録。6球目137キロの変化球を左前に運ばれたが、次打者には151キロの速球で空振り三振。「もう(ケガは)全く問題なく投げられます。100%だと思います」。完全復活を強調した。

9日の湘南工大付戦で左足首下に打球が直撃。中6日の間に3度ブルペン入りし、この試合に備えた。イニング間は外野手のキャッチボール相手を務めた。「肩を温めていました」。わずか1/3回でも、球場に集まった約1万人の観客を魅了。巨人斎藤スカウトは「ケガの影響は感じなかった。あれだけ腕が振れていたので安心しました。これからイニング数を投げていけばどんどん調子は上がると思う。楽しみですね」と、期待した。

忘れられない夏がある。昨夏の県大会の「涙」だ。準々決勝の平塚学園戦。2点ビハインドから3番手で登板し2失点。1点差まで追いつき9回2死から阿部葉太外野手(現早大)のサヨナラ2ラン本塁打で勝利した。試合後、織田は人目もはばからず涙を流した。「阿部さんが、自分の肩をポンポンとたたいてくれて。『ここで終わりじゃないぞ』と声をかけてくれたんです」。いつか必ず恩返ししたい。自分の結果よりも、チームの勝利。そう心に誓った。

今夏のスローガンに「全戦全力」を掲げる。「1戦1戦を大切にする中で、東海大相模さんとの試合を勝ち抜けたことはすごく良かった。チームとしてもさらに成長できると思います」。もう二度と悔し涙は流さない。ラストサマー、織田は「全戦全力」で戦い抜く。【保坂淑子】

◆織田翔希(おだ・しょうき)2008年(平20)6月3日生まれ、福岡・北九州市出身。同市の足立中では全国大会に出場し、軟式球で143キロをマークした。横浜では1年春からベンチ入り。同秋の明治神宮大会では準々決勝の明徳義塾戦で大会史上6人目の1年生完封勝利。昨年センバツでは全5試合に先発し優勝に貢献。同夏甲子園は8強入り。昨秋新チームから背番号1をつける。好きな言葉は「親孝行」。特技は体が柔らかいこと。186センチ、80キロ。右投げ右打ち

○…織田の復帰登板の陰には、村田浩明監督(39)の親心があった。7日の緊急降板後、試合中にもかかわらず、すぐに病院へ向かわせた。迅速な対応が、順調な回復につながった。13日の3回戦では「全く問題なく投げられます」と話す本人に無理をさせず、登板を自重してきた。

この日の舞台にも、熱い思いがあった。「24年春、入学して間もない織田を初めて横浜清陵との練習試合に起用したのが保土ケ谷球場のマウンドだったんです」。当時、織田に「ここが神奈川の聖地だぞ」と話し、マウンドに送ったという。高校野球をスタートさせた地での復帰登板。「これだけお客さんが入った中、球場の雰囲気で投げさせてあげたかった」。「神奈川の聖地」から、再び大きく羽ばたく時がきた。

【夏の地方大会】日程・結果はこちら>>