<高校野球広島大会:福山4-3広島商>◇28日◇決勝◇マツダスタジアム
“小田マジック”だ。21年ぶりに公立校同士による決勝となった広島県大会は、福山が広島商を破り、1975年の創部以来、初優勝を成し遂げた。
今年4月に就任したばかりの小田浩監督(62)の意識改革が、チームを変えた。過去最高のベスト16から大躍進。来山凌也投手(3年)と岩本大輝投手(2年)の2枚看板が最後まで1イニング複数失点を与えることなく、準決勝から2試合連続での逆転勝利で頂点まで上り詰めた。小田監督にとっては、西条農、総合技術に続き、県内の公立校を率いて3校目の甲子園出場となる。
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最終回、松井湧心捕手(3年)のミットは震えていた。初の甲子園出場まで、アウト3つ。経験したことのない体の反応にも、心は揺れていなかった。「自分でも分からなかったけど、1点差になっても落ち着いていた。追いつかれてもタイブレークの準備はできていた」。最終局面でも“小田イズム”はチーム全体で共有していた。2点リードから1点差に迫られても、2番手の岩本大輝投手(2年)は最後まで腕を思い切り振った。福山にとって初のベスト8進出から一気に頂点にまで上り詰めた。
「“スケール感”を意識しながら指導してきました。こうなるとは夢にも思わなかった。高校生って、こういうことがあるんですね」
今年4月に就任したばかりの小田監督は、選手の成長に目を丸くした。総合技術高での指導から15年ぶりの現場復帰。高校野球の環境は大きく変わっていたが、校長などを歴任した教育現場での経験によって監督として自然とアップデートされていた。就任から夏の大会まで約100日。「100日しかないと思うのではなく、まだ100日ある」。練習時間を長くしたり、新たな練習法を取り入れたりしたわけではない。選手個々の意識改革を行った。
主将の渡辺雄介内野手(3年)は「来られる前にネットで調べると“寡黙で怖い人”という情報があったのでビクビクしていた」と笑顔で振り返る。初対面時には「気さくに話しかけてくれてびっくりするくらい優しかった」とイメージが一変。ミスを指摘されるのではなく、ミスを受け入れることから始まり、走攻守での安定につながった。それまでは1つのミスから大量失点につながっていたが、ミスの連鎖がなくなったことで無駄な失点が激減。勝利につながり、選手が自信を深めていった。今大会、1イニング複数失点は1度もなかった。
先発した来山凌也投手(3年)は2回、3回と失点したが、いずれも内野ゴロによるもの。最後まで適時打を許さなかった。2点を追う5回に1点を返した打線は、6回に一気に逆転した。広島商2番手の片岡から西山結翔外野手(3年)と岩本の連打などで無死二、三塁とし、松井が中堅へ逆転の2点打。クリーンアップの3連打で試合をひっくり返した。7回に2点差としたリードを岩本が守り抜いた。意識改革が結実。新たな歴史の扉をこじ開けた。【前原淳】
◆小田浩(おだ・ひろし)1964年(昭39)5月17日、広島市生まれ。広島商3年夏には正二塁手として甲子園出場。順天堂大卒業後、西条農を2度甲子園出場に導き、海田をへて、総合技術でも11年春センバツ大会出場に導いた。同年限りで現場から離れて教諭に専念。校長などを歴任した。今年4月に福山市からの要請を受けて、現場復帰。現在は福山市の教育委員会の職員として勤務する。
◆福山 市立の中高一貫校。1889年(明22)に私立女学校として創立。福山女子校を経営する学校法人門田学園解散後の69年から現校名。04年に併設型の中学校が開校。生徒数は586人(うち女子359人)。野球部は75年創部で部員57人(うちマネジャー3人)。甲子園は春夏通じて初。主な卒業生は宮前洋昭(青山商事株式会社・相談役)女優の西田尚美。所在地は福山市赤坂町赤坂910。脇谷靖伸校長。