「東西記者たちの夏」
高校野球の地方大会取材を担当したのは、ルーキーだけではない。東西の記者2人が、それぞれの視点から大会を振り返る。
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社歴7年目の“ルーキー記者”として走り回った。新聞のレイアウト2年、営業4年を経てペンを持つ。西日本地区の担当として、近畿圏を中心に29府県を追うことに。各地方の抽選会が次々と行われ、組み合わせ日程が決定。夏本番が近づく中、正直不安しかなかった。
そんな時、日刊スポーツに入社したきっかけを思い出した。幼い頃からの野球好きが高じて「自分だからこそ書ける記事で、取材対象者の魅力を読者に届けたい」と就職活動を行った。そして今年4月からアマ野球担当記者を拝命。入社当時の初心を胸に、毎日球児たちの熱闘を肌で感じては、試合前後の取材にいそしむ。女性監督勇退直後の第一声、連合チームの絆、最後の単独出場に懸けていた思い、同姓同名の斎藤佑ちゃんの真相、強豪校敗退時の主将としての姿…どれも現場にいなければ知ることのできなかった物語だった。
より多くのリアルな声を大事にしたい。その気持ちで文字にしていたはずだった。だがある試合を原稿にしている際、気付くとそれは「戦評」になっていた。試合経過は、最低限必要である。ただ詳細な内容は現場にいなくともわかることだ。つまり、わたしでなくても書ける記事だった。必要だったのは「エピソード」。必死に取材して聞いていた、その試合にたどり着くまでの過程、周りの環境、他校の旧友とのつながりや約束。それを意識すると、未熟ながら「読んでほしい、知ってほしい」ものが少しは書けた気がした。
限られた人数と酷暑で、すべて満足いく取材ができたかといえばそうとは限らなかった。それでも良いものを書きたいと思わせてくれたのはやっぱり目の前で戦っている選手、そしてスタンドで応援している仲間、保護者の方々から聞くこの夏に懸ける思いに動かされ続けたから。もう一度、学生時代の青春をともに過ごしているようだった。
そして最後に、現場外でわたしを気にかけ、支えてくださったみなさまに助けられて無事に終えることができた大会期間。感謝を胸に、甲子園でも球児たちの思いをペンに乗せて届けていきたい。【佐藤妙月】
◆佐藤妙月(さとう・みづき)1997(平9)年8月17日生まれ、福岡県柳川市出身。福岡大学卒。幼少期から水泳、中高はソフトテニス、大学はラクロスとスポーツで汗を流し続けてきた。ラクロスでは3年連続全国大会出場。10歳頃から地元球団のソフトバンクのファン。記者になる前は遠征を含め年間25試合ほど現地へ足を運び、外野席から声援を届けていた。おいしいものを食べることが生きがい。