夢の舞台を目指した親子の最後の夏。「球児の母の夏」2回目は、岩手史上初の4連覇を果たした花巻東を投打「二刀流」でリードする萬谷堅心投手(3年)の母・恵美さん(51)。佐々木洋監督(51)も関心をよせる子育てとは-。
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4つ上の兄大輝(中大4年)も同じ背番号1をつけ神宮大会4強に導いた。ドジャース大谷、エンゼルス菊池らそうそうたる卒業生がいる花巻東の中でも、「萬谷兄弟」は大きな存在となっている。佐々木監督も「人間性も練習の取り組みも素晴らしくて、どうやって子育てしたのかなと思うほど立派な兄弟」と話す。この言葉を伝えられた恵美さんは、「本当に何もないんです」と言うが、我が子の歩みを振り返る会話の端々には、無償の愛情と熱意にあふれていた。
元高校球児の父武俊さん(53)の影響で兄とともに4歳で野球を始めた堅心。「4歳って親が無理やり連れていったりすると思うんですけど、本人がやりたくてしょうがないんですよ。グラウンドから下げるのが大変でした」。ひとりで美容室を切り盛りする恵美さんも、送迎のために早めに仕事を切り上げることもしばしば。息子たち中心の生活を送ったという。
萬谷家のルールは「特にない」。元々ゲームなどを好む兄弟ではなかったが、時間があれば野球一直線だった。「しいていうなら、『宿題してからボールとバットを持ちなさい』と言っていたくらい」。野球に行くのを渋ったのは1度だけ。リトルリーグに所属していた小学校中学年の頃だった。「ゴールデンウィークに『みんなが遊んでいるのが、うらやましい』って言っていたので、『じゃあ、やめてもいいんだよ』って言いましたけど、そしたら『下手になるから』って」。いつだって息子の意思を尊重してきた。
そんな恵美さんも、高校の進学先選びの際には「岩手で挑戦してほしい」と思いを伝えた。中学のシニアチームで全国大会を経験し、県外からも声がかかったが「スポーツはメンタルだと思っているので、寮生活になったとしても高校生までは目の届くところにいてほしくて」。親心も通じ、兄と同じ花巻東の門をたたいた。
心配をよそに、母の前で弱音を漏らした記憶はないという。「口数は多くないし、言わない方だとは思うんですけど。負けず嫌いなんですかね」。そう口にすると、「小学生の時に、負けた試合を授業中に思い出して『ああすれば』『こうすれば』と考えていると聞いた時はびっくりしたんです」と懐古。「そういうところは、私に似たんですかね」とほほえんだ。
改めて気がついたことがある。いつもチームの中心にいた息子だが、恵美さんは褒めたことがない。「今の時代褒めて伸ばすとかいうと思うんですけど、なんか褒めたら終わりな気がして。『すごい』という言葉は絶対に使わないようにしてきました。高校生の節目まではと」。代わりにかけてきた言葉は「1番の仕事をしないと、1番じゃないんだからね」。褒めたい気持ちをグッとこらえ、げきを送り続けてきた。
「応援が何より力になる」。そう言ってくれた息子がグラウンドで躍動する姿はいつだって「原動力」だった。今まで胸に秘めた言葉で包み込む日まで-。力いっぱいの声援を送りながら、雄姿を目に焼き付ける。【高橋香奈】
◆萬谷堅心(まんや・けんしん)2009年(平21)1月28日生まれ、岩手県盛岡市出身。4歳から野球を始め、山岸タイガースに所属。中学では盛岡北シニアでプレーし、花巻東では1年秋に初のベンチ入り。177センチ、70キロ。左投げ左打ち。50メートル走6・2秒。憧れの野球選手はエンゼルス菊池雄星。趣味は音楽鑑賞。