大阪桐蔭・西谷監督「渡辺監督と小倉部長は、ぼくと有友部長の目標でした」 

大阪桐蔭・西谷浩一監督(2025年10月撮影)

高校野球、横浜高で甲子園春夏5度の優勝を誇り、通算でも51勝を挙げた渡辺元智(わたなべ・もとのり)さんが死去したことが17日、分かった。81歳だった。神奈川県出身。

甲子園で名勝負を繰り広げた大阪桐蔭の西谷浩一監督(56)が、亡き名将をしのんだ。甲子園では06年夏の1回戦から2度対戦。大阪桐蔭が連勝だが「ぼくは有友先生(野球部長)と一緒にやってきて、渡辺監督と小倉先生は目標であり、指標になる方々でした」と、指揮を執る渡辺監督と名参謀との関係を振り返る。グラウンドで対戦する選手とともに、ベンチも緊張感を持って頭脳戦に臨んでいた。

だがグラウンドを離れれば、常に気にかけてくれる大先輩だった。「優勝したときには学校にお祝いのネクタイを贈ってくださり、お電話やショートメールは何度もいただきました。祝福のメッセージとともに『この次が大事だよ』と。励まされ、気持ちを引き締め、次の大会に臨むことができました。母校の先輩などのご縁ではないのに、本当に大事にして下さいました」と感謝はつきなかった。

今夏の甲子園大会に横浜(神奈川)が出場しており「(エースの)織田君のことをほめるコメントなどを拝見して、お元気なんだなと思っておりました。本当に残念でなりません」と、学校の枠を超えた“恩師”のあまりにも急な旅立ちに肩を落とした。【堀まどか】