【悼む】渡辺元智監督以上に「名将」似合う人いない 毎試合後真っ先にメンバー外をいたわった 

元横浜高校監督の渡辺元智さん(2014年)

高校野球、横浜高で甲子園春夏5度の優勝を誇り、通算でも51勝をあげた渡辺元智(わたなべ・もとのり)氏が死去したことが17日、分かった。81歳だった。神奈川県出身。高校野球界で一時代を築き、松坂大輔ら数多くプロ野球選手を育てた名将だった。

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あえて「監督」と呼ばせていただく。最後に渡辺監督と電話で話したのは6月下旬だった。「最近は脚の鍛錬のためプールに通って水中ウォーキングをしています。周りの人たちと野球の話をするのが楽しいです」。こんな悲しいニュースが届くなんてまったく想像できないほど、監督の声は明るかった。

2000年8月、夏の甲子園に出場した横浜は準々決勝で東海大浦安(千葉)に1-2で惜敗した。その晩、監督に誘われ、宿舎近くの居酒屋で酒を飲んだ。そのときに、シドニー五輪代表に選ばれていた松坂大輔氏(当時西武)から監督に電話が入った。「五輪が終わると(松坂氏が)20歳を過ぎるから一緒に飲もうな。五輪を頑張ってこい」と激励した。「松坂が『浅見さんによろしく』と言ってました。そんなことを言えるなんて、大人になりましたね」とうれしそうに笑っていたのが忘れられない。

最近は孫の佳明さん(楽天)の活躍を何より楽しみにしていた。日刊スポーツの東北版もチェックしていて、その活躍を誰よりも祈っていた。

いつもダンディーで頭髪もきっちりしていた監督。「私は本当はコーラや油せんべいが大好きなんです。でも生徒たちに止めている以上、私も食べません」。いつも試合が終わると、真っ先にスタンドで応援したメンバー外の3年生をいたわる姿は立派だった。「名将」と呼ばれる高校野球監督は数多くいるが、渡辺監督以上に名将が似合う人はいないと思っている。記者としての振る舞いなど含めて、本当にお世話になりました。【浅見晶久(97~00年アマ野球担当)】