帝京・前田三夫名誉監督、渡辺元智さんの訃報に「その場でへたり込んだ」ショック隠しきれず

96年6月、練習試合で雑談する帝京の前田三夫監督(左)と横浜の渡辺元智監督

高校野球、横浜高で甲子園春夏5度の優勝を誇り、通算でも51勝をあげた渡辺元智(わたなべ・もとのり)氏が死去したことが17日、分かった。81歳だった。神奈川県出身。高校野球界で一時代を築き、松坂大輔ら数多くプロ野球選手を育てた名将だった。

  ◇  ◇  ◇

予期せぬ知らせにショックを隠しきれなかった。帝京(東東京)の前田三夫名誉監督(77)は、81歳で亡くなった横浜元監督の渡辺元智氏について「知り合いから訃報の連絡が入って、その場にへたり込んでしまいました。本当にショックが大きい」と言葉を絞り出した。

最後に会ったのは、昨年12月の「明徳義塾野球部50周年式典」だった。5つ年上の渡辺氏の足取りが気になった。ひざが悪そうで歩く際には杖が手放せず、帰り道で肩を貸したり、手を取ったりしてサポートした。「心配になって電話したら、『前田さん、心配すんな、大丈夫だって。東の高校野球はこれからも俺と前田さんが頑張って応援していかないといけないんだから』と言われて」。ずっと高校野球を愛し続けるまなざしが尊かった。

弟分のように可愛がってもらい、前田氏自身も渡辺氏に強い憧れを抱いた。「渡辺さんが甲子園で優勝された後に出された著書を買って、感銘を受けた部分に赤ペンで線を引き、ページを真っ赤にしながらむさぼるように勉強したのを覚えています」。帝京野球部の黎明(れいめい)期を支えてくれた恩は今も忘れない。「思い切って渡辺さんに電話をおかけしたのですが、快く練習試合などを引き受けてくださいました。渡辺さんの野球への熱意をひしひしと感じましたし、本当に勉強になりました。横浜高校の体格の良い選手たちを見て『早く自分もこういう選手に出会いたい、追いつきたい』と強く思ったものです」とエピソードは尽きない。

大会13日目の18日、横浜は準々決勝第3試合で花巻東とぶつかる。前田氏は「ベスト8まで勝ち上がってきた力のあるチーム同士ですから、勝負はやってみないと分かりません。ただ、勝っても、負けても天国の渡辺さんが背中を押してくれている、後押ししてくれているはず。選手たちには渡辺元監督への思いを胸に、その名に恥じない全力の戦いを見せてほしい」と願った。