【甲子園】横浜ラストミーティングで小野舜友主将が流した涙…12月の主将クビ宣告から建て直し

20日、宿舎でのラストミーティング後、笑顔を見せる横浜の(左から)織田翔希、小野舜友(撮影・保坂淑子)

最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)を擁し、28年ぶりの優勝を目指した横浜(神奈川)の夏が終わった。智弁和歌山に1-7で敗戦。17日に他界した元監督の渡辺元智氏(享年81)に誓った全国制覇は達成できなかった。

試合後、宿舎では保護者を前に、ラストミーテイングが行われた。村田浩明監督(40)が「今日は3年生たちと明るく楽しく元気よく、ひまわりのように笑ってやろうと。点差がつきましたが、最後の最後までいい表情をして野球をやっていました。僕はそれが一番うれしかった。今までは監督が苦しんで選手も苦しんでチームが機能しなかった。子供たちがその野球を変えてくれました」と、敗戦にも新たな横浜野球を評価。続いて、主将の小野舜友内野手(3年)が、選手を代表しあいさつをした。

「悔しいですが、県大会からの2カ月は18年間生きてきた中で一番楽しかったですし、この仲間と出会えて幸せだと改めて感じることができました。本当にこの高校を選んでよかった、この仲間と出会えてよかった。この3年間楽しかったと思っています。そして3年生も…時にはみんなに怒ったりとか…厳しい言葉をかけたこともあったけど…それはみんなで優勝したいっていう思いでいっぱいだったし…こんな頼りないキャプテンに最後までついてきてくれてありがとう…」。時折、声を詰まらせながら、言葉を紡いだ。

チームは、昨年のセンバツ優勝、夏は甲子園8強入りの前チームと常に比べられ続けた。村田監督は小野を中心としたチームを「小野世代」と名付け、新たな“最強世代”を目指した。 「もうキャプテンを辞めろ」。小野が村田監督に言われたのは昨年12月末のことだった。秋の関東大会準々決勝で敗退。センバツ出場が当落線上で「何を目標にやっていけばいいんだろう…」。心の迷いがチームにも影響し、チームがまとまらなかった。「もう一度やらせてください」と監督に泣きながら直訴した。心を入れ替え「人の3倍動く」と野球に取り組んだ。「情けない姿はチームメートには見せない」と言い聞かせ、練習はもちろん、センバツ後は、チームメートと一対一で向き合う時間を大事にし結束を固めた。「自分たちなりの勝ち方を1戦ずつ積み重ねよう」と、夏は昨年の8強入りを超えた。それは「小野世代」が成し遂げた成果だった。

最後のミーティングの最後、小野は「胸を張って神奈川県に帰りたいと思います」とチームメートに笑顔を向けた。最高の仲間たちとたどり着いた夏に悔いはない。小野はじめ選手たちの笑顔が、それを証明していた。【保坂淑子】