数々の金字塔を打ち立てた日本最高の安打製造機が、引退した。日米通算4367安打(日本1278、米国3089)のマリナーズ・イチロー外野手(45)が21日、アスレチックスとの開幕第2戦(東京ドーム)後、引退を発表した。50歳まで現役続行を希望していたが、日米通算28年目は2試合6打席で無安打に終わった。8回、守備に就いた時点で交代。ベンチ前に集合したナインと抱き合った。試合後はグラウンドを1周。万雷の拍手を浴びた。今後については監督就任を否定し、アマチュアの指導には興味を示した。

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野球を愛し、野球に愛された男が現役に別れを告げた。「イチロー!」。シンプルな4文字の名前をどれだけの人々が連呼してきたか。試合後の東京ドームの場内1周で別れの絶叫を受けた男が決意を語った。

イチロー 今日のゲームを最後に日本で9年、アメリカで19年目に突入しましたが、現役生活に終止符を打ち、引退することになりました。最後にこのユニホームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じます。

日本に来る前に決めていた。「キャンプ終盤で結果を出せず、それを覆すことができなかった。今日の球場でのあの出来事…、あんなものを見せられたら、後悔などあるはずがありません」。そう言い切った。

「センター前ヒットなら、いつでも打てる」。かつて母校・愛工大名電の中村豪監督にイチローが言ってのけた。その技術を糧にやってきた。同点で迎えた8回2死二塁、イチローの打球は中前へ抜けるか。そう思われた。だが遊撃手がキャッチ。全力疾走で一塁を走り抜けたタイミングは微妙も、一塁塁審が無念そうにアウトのコールだ。

その裏。右翼の守備位置に足を運ぶと、球場全体から拍手に送られ、ゆっくり三塁側ベンチへ下がった。ナインと次々にハグ。菊池は「号泣とはこのことかというぐらい号泣していた」。オリックス時代、憧れ続けたケン・グリフィーJr.ともしっかり抱き合った。

昨年5月4日、シアトルでのアスレチックス戦を最後に会長付特別補佐に就任。しかし現役続行にこだわり、トレーニングを続けてきた。完全復帰を目指し、マリナーズとマイナー契約を結んだ。メジャー19年目の春季キャンプに臨んだ。

女神はほほ笑まなかった。オープン戦で18打席連続無安打。来日後の巨人との2試合を合わせれば24打席連続無安打。20日の開幕戦は1四球を選んだが1の0。第2戦も三邪飛、二ゴロ、三振、遊ゴロと4打席ヒットが出なかった。長い間、快音を奏で続けたバットは沈黙した。

元々がスロースターター。しかし実力の世界、レジェンドといえどもそんな立場ではない。イチロー自身、名前だけでベンチに入ることをこれ以上、許すことはできなかったのだろう。

昨年12月。神戸で自主トレを続けている時に話をした。90年代、オリックス時代から幾度となく話をしてきた。

開幕戦の日本には行くのか。

イチロー おそらく、それは行けると思います。

マイナー契約ということはカットされたら3A、2Aでプレーするということか。

イチロー それは考えていません。

NPB復帰はないのか。

イチロー 神戸にチームがあれば考えたけど。それもないですね。

万一の時にはどうするのか。

イチロー どうでしょう。

不世出の打者。打撃の天才。イチローを修飾する言葉は多い。でも、そんな言葉は本当は似合わない。打って守って投げるのが大好きな野球小僧。それだけで45歳と150日のこの日までやってきた。楽しかったぜ。ありがとう。それがイチローに贈る言葉だ。【高原寿夫】