<日刊スポーツ:2005年6月7日付>
プレーバック日刊スポーツ! 過去の6月7日付紙面を振り返ります。2005年の3面(東京版)はイチローが野茂の日米通算200勝記録を阻止しました。
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<マリナーズ6-5デビルレイズ>◇2005年6月5日(日本時間6日)◇セーフコフィールド
イチローが野茂の記録を阻止した。マリナーズ・イチロー外野手(31)が、日米通算200勝まであと「1」と迫っているデビルレイズ野茂英雄投手(36)と4年ぶりに対戦。3点を追う5回裏の第3打席に、メジャー通算994安打となる中前打を放ち、同点劇につなげた。試合は、マ軍が9回裏にサヨナラ勝ち。野茂は勝敗が付かず、記録達成は次回登板予定の10日(対パイレーツ戦)以降に持ち越しとなった。
敬意を抱く先輩メジャーリーガーの大記録は、もちろん知っていた。3点を追う5回裏無死。この回で勝利投手の権利発生も分かっていた。だが、そんな感傷に惑わされることはなかった。カウント2−0。地面に着きそうな外角低めのフォークを、テニスのロブショットのようなバット操作で、中前へ運んだ。
イチロー フォークを待っていたら、あそこには手を出さない。ある程度、違う球を予測しているから手が出るんです。
イチローにしかできない芸当で3試合、14打席ぶりの安打。野茂のアウトピッチ(決め球)をはじき返し同点への先陣を切った。
イチローにとって、野茂の存在は別格だった。93年、プロ初本塁打の相手が、当時近鉄の野茂だった。その後、野茂は開拓者として渡米。神戸のオリックス合宿所の自室テレビで野茂の姿を見るたびに、メジャーへの思いを強くした。メジャー1年目、レッドソックス野茂から、米国初死球を受けた際には「野茂さんは野茂さんでした」と笑った。さらに、周囲の騒動に「いつか日本人対決が珍しくなくなればいい」とも言った。ただ、この日ばかりは少し違った。
イチロー 今日は200勝がかかってましたから、(注目されても)いいんじゃないですか。
この日、中前打以外は左飛、四球、左飛。かつての豪速球のイメージはなくとも、野茂へのリスペクトは変わっていない。
イチロー 今日なんかは日本では見たことのない、スライダー回転の球を投げたり、4年前はカーブを投げてました。そうやって考えてやってる。いつまでも当時の自分にこだわると、おそらくどこかで失望感を味わうことになる。自分なりに変えていこうとする意識が見えるし、長くやってるのはそういうことじゃないですかね。
マ軍としても3カード連続勝ち越し。久しぶりのトルネードとの対決は、開幕以来、停滞気味だった戦いの中で新鮮だった。
イチロー あのゆったりとしたフォームですからね。野茂さんが米国人の顔をしていたらビックリしますけどね。あのタイミングで出てこられたら。
記録を阻止したからではない。先輩野茂との個々の対決を味わえた充実感が、イチローの笑みを誘った。
※記録や表記は当時のもの