大谷翔平が並んだ神様ベーブ・ルース 1934年来日、記念アルバムからでも伝わるオーラ

1934年に来日した大リーグ選抜メンバーによる直筆サイン。1番上はルース、下から6番目はゲーリッグ。この中から7人が後に米殿堂入り(船橋市郷土資料館提供)

エンゼルス大谷翔平投手(28)が104年ぶりに、2ケタ勝利と2ケタ本塁打を同一シーズンに達成した。ベーブ・ルースだけしかできなかった聖域に達し、元祖二刀流の功績もクローズアップされている。ルースは1934年(昭9)の晩秋に1度だけ来日。大リーグ選抜の一員として、まだプロ野球発足前の全日本に胸を貸した。ルースら来日メンバー全員がサインを入れた当時の貴重な資料が、千葉・船橋市に保管されていた。【取材・構成=中島正好】

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「野球の神様」が醸し出すオーラは、一目で分かる存在感を放っていた。「日米野球戦記念」と題された縦約30センチ、横約45センチほどのひもとじアルバム。表紙をめくった1ページ目には、全米軍の選手と関係者、審判員ら20人の直筆サインが並ぶ。最初に筆を入れているのが、特徴的な「R」の文字が目を引くルースだ。大リーグ指揮官として3731勝3948敗、勝敗ともに歴代ダントツというコニー・マック監督らを差し置いて、チーム内の「序列」を物語っているようだ。

2、3ページ目は、30人以上の全日本軍の直筆サインが並ぶ。沢村栄治、「日本初のプロ」三原脩、スタルヒンの名もロシア語のキリル文字で確認できる。4ページ目からは、大判で20枚以上の写真が続く。歓迎パレード、群衆が集まる東京駅のホーム、そして集合写真-。いずれも中央には、そして山高帽にスーツがトレードマークだったマック監督の横には、ルースが得意顔で納まる。この年ア・リーグ3冠王の同僚ルー・ゲーリッグが目立たぬほど。後に米国で7人、日本で2人の計9人が野球殿堂入りした豪華陣容でも、「ルース御一行」と形容された理由がうかがい知れる。

ルースは39歳で初来日。この年22本塁打はヤンキース移籍後ワーストで、引退も頭に浮かんだというが、自身をポスターに描いた日本側の熱心な誘いにツアー行きを決めた。世は満州事変から2年後で、日米関係は悪化に向かっていても、一行は全国各地で熱烈歓迎された。喜んだルースはサインを求められれば、どこでも気軽に応じた。全18試合に出場して打率4割8厘、13本塁打、33打点。翌35年途中に引退したのがうそのように、同シリーズの3冠王と打ちまくり、満員御礼の観衆を熱狂させた。

日米野球史を知る上で「国宝級」ともいえるこのアルバムは現在、船橋市が保存管理する。同市内で35年間運営されていた私設の「吉沢野球博物館」が14年に閉館し、明治初期から6300点を超える野球関連の品が同市に寄贈された。アルバムもその1つ。全米軍が戦いを終えて日本を離れる際、茶表紙の推定30~40冊が米関係者に贈呈された。戦後、同館を設立した故吉沢善吉氏が入手。日本関係者に配られた黒表紙は野球殿堂博物館(東京・文京区)などが所有しているが、日本国内で現存する茶表紙は数冊程度とみられる。

同博物館では、大リーグ選抜のサイン部分を複写展示していた。そのため、原本の状態は88年たった今も良好。横浜港の写真では芸者姿の女性らがいて、当時の風俗を伝える意味でも資料価値は高い。寄贈品の一部は船橋アリーナで展示されているが、このアルバムは公開されていない。

ただ、ルースは大谷の活躍により、日本でも再び脚光を浴びている。管理する船橋市郷土資料館の学芸員・広江咲奈さん(23)は「まずは、サインを複写などで見ていただくことも」と今後、展示の場を検討できればと話す。金子俊館長(57)も「期間限定や、大学などから貸し出し展示の希望などがあれば考えていきたい」と、広く野球ファンの目に触れる機会を設けることに前向きだった。

◆1934年の日米野球 11月3日~12月1日まで、18試合(日米混合の紅白戦2試合含む)を戦った。大リーグ選抜は実質、ア・リーグ所属選手のみの野手10人、投手4人の少数精鋭で臨み、東京6大学勢を中心とした全日本に16戦全勝と圧倒した。神宮から始まり、函館、仙台、富山、小倉、京都、宇都宮などを巡業。静岡(草薙)では17歳の沢村栄治がゲーリッグの1発に屈したものの、0-1で完投。2三振を含む無安打に終わったルースを脱帽させた。沢村、スタルヒン、三原脩ら全日本メンバーを中心に同年末、巨人の前身となる大日本東京野球倶楽部が誕生した。

◆吉沢野球博物館資料展示室 B1千葉の本拠地、船橋総合体育館(船橋アリーナ)内にスポーツ資料展示室があり、その一角に吉沢野球博物館から寄贈された約70点が常設展示されている。昭和初期の東京6大学の資料を中心に、沢村栄治のサインボールとパスポートなども見学できる(午前9時~午後9時、休館日あり)。住所は千葉県船橋市習志野台7の5の1。東葉高速線の船橋日大前駅から徒歩8分。