吉田正尚、決勝10号「ミスターレッドソックス」ペスキー以来81年ぶりの快挙!7戦連続マルチ

<レッドソックス4-3アスレチックス>◇9日(日本時間10日)◇フェンウェイパーク

レッドソックス吉田正尚外野手(29)が、2桁アーチ&7試合連続マルチ安打で前半戦を終えた。

本拠地でのアスレチックス戦で8回、左翼の巨大フェンス「グリーンモンスター」を越える決勝の10号本塁打。1年目の日本人で2ケタ本塁打は9人目の快挙となった。6回にも中前打を放ち、7試合連続複数安打はレ軍の新人では1942年ジョニー・ペスキー以来81年ぶり。リーグ3位の打率3割1分6厘と、首位打者、新人王も狙える位置で折り返した。

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見逃せば完全なボール球を、小柄な吉田が上からかぶせるようにたたいた。3-3の同点で迎えた8回の先頭。肩の高さに来た153キロの直球にバットを合わせると「ホームランになるとは思わなかった」という飛距離108メートルの打球は、高さ11・3メートルある巨大フェンス「グリーンモンスター」を越えた。前半戦5連勝フィニッシュを呼びこむ貴重な勝ち越し弾となった。

節目の10号は、1年目の日本人では鈴木(カブス)以来9人目の快挙となった。9人で最も小柄な173センチの強打者は、4月3日パイレーツ戦の渡米1号に次いで9本ぶりに左翼へ運んだ。左翼に膨らみがないメジャー最古の球場を存分に活用した。2桁到達に吉田は、両リーグ最多32本塁打の大谷(エンゼルス)を引き合いに「1人はもう30本超えてますから」と、周囲の笑いを誘った。

6回には遊撃手のグラブをはじく中前打を放っており、7試合連続の複数安打も達成した。今季のメジャーでは全選手最長タイで、日本人ではイチロー(マリナーズ)に並ぶ最長記録。「うれしい、って言わせたいんでしょ」と破顔一笑した。

レ軍の新人ではペスキー以来81年ぶり。「ミスターレッドソックス」のペスキーは、身長175センチと吉田同様に小柄な右投げ左打ちの巧打者。本塁から92メートル地点にあるフェンウェイパークの右翼ポールは、飛距離の短い本塁打をよく打ったことから「ペスキーズ・ポール」と名付けられている。新人から3年連続200安打はイチローに破られるまでメジャー記録だった。

吉田の打率3割1分6厘は、1位に7厘差のリーグ3位、10本塁打は新人でリーグ4位タイ、同2位の44打点で折り返した。中でも際立つのは規定打席以上でリーグで2番目に少ない36三振で、出塁率3割8分2厘は大谷(3割8分7厘)に次ぐ同4位だ。「ケガなく終われて良かった」と振り返った。コーラ監督は「成績をつける時期だが、彼の評価はAだ(米国の大学はABCDFの5段階評価)。それより下をつける人間は何を見ているんだ? という話になる」と絶賛した。5年総額9000万ドル(約126億円)に見合う成績を残し、手厳しいボストンのファンを納得させた。

○…ジョニー・ペスキーは、1942年にレッドソックスでメジャーデビューし、いきなり205安打でリーグ最多安打を記録した。その後、第2次世界大戦で3年間は兵役に従事し、46年に復帰。またもリーグ最多208安打でリーグ優勝に貢献。47年も207安打を放った。新人から3年連続200安打以上は、イチロー(マリナーズ)に抜かれるまでMLB記録だった。54年の引退まで通算1455安打。

引退後は63、64年にレ軍の監督、75~84年にはコーチを務めた。背番号6は永久欠番で「ミスターレッドソックス」と呼ばれる。07年にフェンウェイパークの右翼ポールが「ペスキーズ・ポール」と命名された。12年に92歳で死去した。

◆連続試合マルチ安打 大リーグ記録は1923年ロジャース・ホーンスビー(カージナルス)の13試合。日本の最長は2リーグ制後、52年後藤次男(阪神)、54年ルイス(毎日)、01年小笠原道大(日本ハム)の10試合。

◆日本人1年目の前半終了時 前半戦(球宴前)終了時で10本塁打は06年城島(マリナーズ=10本)に並ぶ最多。規定打席到達で打率3割以上は01年イチロー(マリナーズ)以来2人目。イチローは前半3割4分5厘でア・リーグ3位につけ、最終3割5分で首位打者に輝いた。吉田は出場78試合目だが、03年松井秀(ヤンキース)は出場106試合目、06年城島は出場109試合目で打率3割台を記録している。