日本とドジャースの縁つないだ先駆者アイク生原さん 野茂がパイオニア、大谷と山本が系譜引き継ぐ

84年、ドジャースの帽子をかぶった長嶋氏(右)と笑顔で肩を組むアイク生原氏

【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)21日(日本時間22日)=斎藤庸裕】大谷翔平投手(29)に続いて、山本由伸投手(25)のドジャース入りが決まった。14日(同15日)の入団会見で大谷が口にした「豊富な球団の歴史」をひもとくと、野球に情熱を注いだある日本人の功績なくしては語れない。140年の伝統のなかで、故アイク生原(生原昭宏)さんが日本と米国の橋渡しとして尽力。ド軍のオーナーだったオマリー家と固い信頼関係を築き、日本の野球界と縁をつないだ。

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大谷は14日(同15日)の記者会見で、名門球団の魅力を語った。「明確な勝利を目指すビジョンと豊富な球団の歴史を持つ、このロサンゼルス・ドジャースの一員になれることを心よりうれしく思うと同時に、今すごく興奮しています」。140年近くの歴史と伝統があるド軍。会見の冒頭でフリードマン編成本部長は、ある故人の日本人の名前を挙げた。

「ドジャースは、日本と長く、そして豊かな歴史がある。ウォルター・オマリーとアキヒロ・アイク・イクハラから始まり、最終的にヒデオ・ノモ、ヒロキ・クロダ、ケンタ・マエダ、数え切れないほどの選手の入団につながった」

アイク生原(生原昭宏)さんは、日本とドジャースの縁をつないだ先駆者だ。野球の指導法を学びたいとの思いから、故・鈴木惣太郎氏(当時の巨人軍顧問)の紹介で65年に渡米。ドジャース傘下1Aでユニホームの洗濯、靴磨きなどを熱心にこなし、徐々に周囲の信頼を得た。最終的に球団経営の要職に就き、82年1月からド軍で長年オーナーを務めたウォルター・オマリー会長の息子、ピーター・オマリーさんの補佐(国際担当)として日米間の親善に尽くした。

また、米フロリダ州ベロビーチで巨人と中日のキャンプを実現させ、アマチュア界を含めて日米野球の交流に長年、携わった。生原さんは早大野球部出身で、92年に亡くなって以降も、生原さんを「家族」と慕うオマリー家は早大との交流を継続。また、ロサンゼルス郊外、広大な敷地にあるお墓の丘を登った先には、オマリー家代々の墓の隣で生原さんが眠っている。

現在は、米資産運用会社のCEO(最高経営責任者)マーク・ウォルター氏がオーナーとして経営しているが、フリードマン編成本部長が口にしたように、ドジャースには長い歴史と、日本との強いつながりがある。大谷と山本。2人の日本人がド軍との系譜を引き継ぎ、後世に名を刻む。