【とっておきメモ】菅野智之は決して楽な道を選ばない 究極に「追い込む」ことを知った浪人時代

ダイヤモンドバックス戦に先発したロッキーズ菅野智之(ロイター)

<とっておきメモ>

<ロッキーズ4-2ダイヤモンドバックス>◇16日(日本時間17日)◇クアーズフィールド

【デンバー(米コロラド州)16日(日本時間17日)=四竈衛】ロッキーズ菅野智之投手(36)が、本拠地ダイヤモンドバックス戦に先発。体調不良の中、5回2失点と粘りの投球で、今季4勝目(3敗)を挙げた。日米通算150勝(日本136勝、米国14勝)に到達した。

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今から14年前の2012年。前年のドラフトで日本ハムからの指名を拒否した菅野は、「球春」が迫る日本を離れ、メジャーのキャンプ地としても知られる米アリゾナ州で、体づくりに専念していた。野球選手でなくとも、約1年間、実戦から遠ざかってまで「浪人」する覚悟は、生半可ではない。それでも、当時22歳の菅野は、何年もプロで過ごしてきた選手かのように、どっしりと腰を据え、常に明るい表情で、連日、汗を流していた。

アマ当時から、意識レベルの高さはプロ級だった。祖父に原貢氏、叔父に辰徳氏を持ち、野球界で「良血のサラブレッド」として育ったという理由だけではないだろう。同地のスポーツジムでは、現役メジャーリーガーだけでなく、NFL(米プロフットボール)のドラフトで指名を目前に控える若者が繰り返す、嘔吐(おうと)直前の激しいトレーニングを目の当たりにした。究極に「追い込む」ことを知ったのは、その頃だった。

当時、行く末も定まらなかった菅野が、この日までにプロの世界で「150」の白星を積み重ねた。安易に妥協せず、決して楽な道は選ばない。浪人時代、米国で感じた刺激、たゆまぬ向上心は、メジャーリーガーとなった今も忘れていない。【四竈衛】