【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)7日(日本時間8日)=斎藤庸裕、水谷京裕】ドジャース佐々木朗希投手(24)が、普段はなかなか見せない素顔をのぞかせた。5日のエンゼルス戦でメジャー自己最速100・6マイル(約161・9キロ)、渡米後では初の2ケタ10奪三振をマーク。開幕当初は苦しみながらも、大きく成長を遂げた。日刊スポーツ入社3年目の水谷京裕記者は、3日間の弾丸スケジュールでMLB初取材。幸運と縁をつなぎ合わせた独自の視点で、メジャー版「令和の怪物」をリポートした。
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心待ちにしていた瞬間が訪れた。メジャー取材最終日。毎試合前の50分間、メディアに開放されるクラブハウスで、視線の先に佐々木の姿があった。様子を見ながら恐る恐るあいさつして名刺を渡すと、佐々木は笑顔で受け取ってくれた。“令和の怪物”と称される右腕もマウンドを降りれば24歳の若者。チャンスは一瞬、わずか2~3分間だったが、先輩記者も「あんなにたくさんの笑顔を間近で見たのは初めて」と話すほどで、人間性の一端に触れることができた気がした。
たった1度だが、ロッテ時代にも取材経験があった。24年8月30日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)。クールで寡黙な印象を抱いた。記者の質問に対して、どちらかといえば淡々と短く回答。だが、2年ぶりに臨んだ今回は違った。囲み取材では自身の現状や投球内容をより具体的に丁寧に話す姿が印象的だった。
マウンド上でも今までの努力が結実した瞬間を目の当たりにした。オープン戦では防御率15.88。開幕後も制球に苦しみ、4月までは思うような成績を残せなかった。それでも、フォームの微修正などに取り組み、徐々にパフォーマンスが改善された。そして迎えた本拠地ドジャースタジアムでのエンゼルス戦。渡米後ベストピッチの快投を披露した。メジャーでさらに、たくましさが増した佐々木。そのタイミングに巡り合えたのは、幸運だった。
勝手ながら、不思議な“縁”でつながっているとも感じていた。千葉出身で01年生まれの私にとっては、同学年の憧れのスター選手。学生時代には登板試合を何度も観戦した。記者として独り立ちして初めて取材現場に行った時、そして、初めてMLBの取材現場を訪れた時も、マウンド上には佐々木がいた。今回の弾丸取材で、運良く大谷や山本にあいさつする機会にも恵まれたが、最も心拍数が上がったのはやはり、佐々木へのあいさつの瞬間だ。意を決して同じ年齢であることを伝えると、ほおが緩んだのが分かった。ド緊張の糸をほどいてくれたのは、ありがたかった。
わずか3日間のメジャー取材で、憧れの佐々木は“進化”していた。ドジャースは7日(同8日)の試合で13失点し大敗。それだけでも、メジャーの世界がいかに厳しいか肌で感じた。そんな場所で「ROKI」は圧倒的な投球でスタンディングオベーションを受けながらマウンドを降りた。憧れを強くしてしまい、登板後の囲み取材で質問できなかったのは反省点。次回、米国に来た際は必ずリベンジしたい。