大谷翔平の元同僚ロレンゼン 諦めきれない二刀流の夢は日本で実現するか

マイケル・ロレンゼン(2024年6月撮影)

メジャーリーガーの中には、日本で花開く選手も少なくない。8月27日にブルージェイズと1年契約を結んだマイケル・ロレンゼン投手(34)は、ロッキーズに所属していた今夏、“ある思い”を胸に、日本でのプレーを選択肢に入れていることを明かした。再び二刀流に挑戦-。レッズ時代には主に代打だが、打者、投手、外野手の三刀流で話題となり、1試合で1勝&1本塁打を記録。ベーブ・ルース以来の歴史を刻んだ男の夢は、実現するか。

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7月7日、ドジャース戦で先発したロレンゼンは、エンゼルス時代に同僚だったドジャース大谷翔平投手(32)に先頭打者本塁打を浴び、メジャー通算300号のメモリアルアーチを献上した。翌日、登板を振り返りながら、今でも二刀流挑戦を諦めていない胸の内を明かした。

「実は、日本へ行けないかって、真剣に考えたんだ。二刀流をやらせてもらえるかもしれない。そして、結果を出せればまたメジャーで二刀流として契約できるかもしれない、って。そういう道も考えていた。今でも、それを考えている。二刀流をやらせてくれるなら、どこのチームでも。5年間、打席に立っていなくても、今でも二刀流はできると思っている」

13年のドラフトでレッズから1巡目指名され、投手として活躍。18年から19年シーズンにかけて、投手、打者、外野手の三刀流を経験したこともある。19年9月4日のフィリーズ戦、リリーフ登板で7回から登板し、8回に2ランを放つと、9回から外野の守備についた。1試合で勝利投手、本塁打、野手で守備を記録したのは、1921年のベーブ・ルース以来。98年ぶりの偉業だった。

だが、注目されたのもつかの間だった。「19年に少し外野を守ったけど、それがほぼ最後だった」。以降は、起用機会に恵まれなかった。20年シーズンはコロナ禍で短縮シーズンとなり、ベンチ入りメンバーが25人から28人に増枠。野手を追加できたため、「投手に専念してくれ」と言われ、二刀流への思いを封印せざるを得ない状況になった。

大学時代までは、ほぼ打者でプレーしていた。3シーズンで打率3割2分2厘、11本塁打、128打点。「走ったり、本塁で走者を刺したり、打つのもすごく好きだった。投手だけやるのは、何か別のスポーツをやっているようだった」。ドラフトされた当時、投打でプレーしたいと意思を伝えても、大谷が二刀流でメジャー入りする以前は「不可能だ」と門を閉ざされた。球団の意向に従い、投手を続けるしかなかった。

10年以上たっても、打者の楽しさを忘れていない。現在34歳で、来年には35歳となり、年齢的な問題がネックになることは理解している。それでも「トライアウトだって受けるよ。走る、打つ、投げるところを見てくれ、と。室内で打撃練習もしているし、感覚はとてもいいよ」と、二刀流への情熱は消えていない。

MLBでのプレーにまだ意欲がある一方で、二刀流の夢も諦めきれない。その舞台を、日本で-。同僚の菅野智之投手(36)にも、日本の生活や、どの球団がいいかなど、よく話を聞いていたという。「キャリアが終わったとき、挑戦しなかったことを後悔する気がするんだ。やらなかったことを後悔したくない。自分はまだできると思っているから」。メジャー通算57勝。ベテラン右腕にとって、オファーが来れば、それが夢を実現する最後のチャンスになるかもしれない。【斎藤庸裕】

◆マイケル・ロレンゼン 1992年1月4日生まれ、米国カリフォルニア州出身。高校卒業時にレイズから野手として7巡目で指名されたが大学進学し、外野手兼投手で全米屈指の活躍。13年ドラフト1巡目(全体38位)で投手としてレッズに入団。190センチ、98キロ。右投げ右打ち。

◆近年、注目された主な二刀流選手 

18年、レイズの若手左腕ブレンダン・マッケイが二刀流として育成されていた。19年に投手として13試合で2勝4敗、防御率5・14、打者では7試合、11打席で打率2割、1本塁打とインパクトを残せなかった。

ドジャース大谷がエンゼルスに在籍していた当時の同僚ジャレド・ウォルシュ内野手(32)も二刀流に挑戦。19年は5試合に登板し、防御率1・80の成績を残したが、20年シーズン以降は打者に専念。21年に自己最多29本塁打を放った。

また、21年10月に当時レッドソックスに在籍していた外野手のアレックス・バードゥーゴが二刀流挑戦を宣言したが、投打でプレーすることはなかった。