さらば男気(おとこぎ)右腕-。「SMBC日本シリーズ2016」の開幕前に今季限りの現役引退を表明していた広島黒田博樹投手(41)は、シリーズ2度目の先発登板を果たせぬまま、最後の瞬間を迎えた。チームは本拠地に戻ってきた第6戦で日本ハムに敗れた。2勝4敗で敗退し、32年ぶり日本一はならなかった。第7戦で先発する予定だった黒田のプロ人生は、日本ハムの胴上げシーンとともに幕を下ろした。

 球場からは、歓声と落胆の入り交じる大音量が聞こえてくる。黒田は球場内の選手食堂の椅子から立ち上がることはできなかった。29分間、その場を離れようとはせず、静かにみつめてかみしめた。勝利を信じて調整を続けた第7戦の先発マウンドは巡ってこなかった。現役20年の幕は、チームの敗退とともに下りていった。

 「野球人生が終わるということよりも、試合に負けてしまった。そっちの方が大きかった」

 壮絶だったプロ人生を思えば、幕切れはあっけなかった。それでも最後までチームを思った。20年目のシーズン、41歳は満身創痍(そうい)で走り抜けた。7年連続2桁勝利を達成し、25年ぶり優勝に貢献。復帰した広島で何より望んだ目標を成し遂げ、現役引退を決めた。この日も登板前日の調整を行い、前回から中4日で登板に備えた。

 セレモニー終了後、黒田の表情は晴れやかだった。「自分がどうなっていくのかという楽しみもあります。あまり体のことを考えずにオフを過ごすことがなかったので、いろんなことをしてみたい」。背負い続けた重圧から解放された安堵(あんど)感がにじむ。無趣味だったが、以前、引退後の自分を思い描き「ゴルフ、スノボ、サーフィンとかめっちゃやりたいな」と笑っていたことを思い切り楽しめる。理由も黒田らしい。「ケガしても誰にも迷惑がかからない」。ようやく黒田博樹という看板を下ろすことができる。

 引退後については以前「監督をやってみたいとか、現時点で全くそんなことは思わない」と言い、こう続けた。「監督は新井の方がふさわしい。新井が監督をやるなら投手コーチをやってもいいかな。あいつなら全力でサポートする。そして陰でサインを出しとくよ」。笑顔での話は冗談なのか、本心なのか分からない。ただもう1度、赤いユニホームに袖を通す可能性を打ち消すことはなかった。

 昨季、再び動きだした黒田と広島の夢は、25年ぶりリーグ優勝という形で結実した。「最後にこういうマウンドに立てた。今まで一生懸命野球をやってきて良かったなと思います」。32年ぶり日本一も、本拠地マツダスタジアムで最後の勇姿を見せることもできなかった。それでも、黒田がファンとチームと一緒に見た夢の輝きは色あせない。【前原淳】