阪神鳥谷敬内野手が16年間の縦じま生活に幕を下ろした。将来の指導者候補として生え抜きロードを望む声も少なくない中、他球団での現役続行を目指す道を選んだ理由とは?

新たな挑戦に進むレジェンドの本音に、長年密着取材を続けてきた記者が迫った。【取材・構成=佐井陽介】

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鳥谷は小さいころ、父親から何度となく教え込まれてきたという。

「自分で決めなさい」

「決めたことは最後までやり通しなさい」

これが今、スタイルの根幹を成している。

8月29日の朝、甲子園クラブハウスの一室に呼ばれた。「タイガースでユニホームを脱いでいただきたい」。球団幹部から告げられた。水面下でのいわゆる「下交渉」はなし。大減俸を受け入れての現役続行など、他のプランが提示されることもなかった。

誤解のないように補足すると、鳥谷は最初からどんな提示を受けても納得する覚悟でいた。5年契約の最終年。年俸に見合う成績を残せていないのは誰よりも自身が一番痛感していた。

「もし必要とされなくなって契約を切られるなら、それは仕方がない。契約するかしないかは球団が決めることだから」

結果、提示は事実上の戦力外通告。勧告された通りに現役引退を選ぶか、他球団での現役続行を目指すか。「自分で決める」という信念を貫くならば、後者を選ぶ他に道はなかった。

16年もの間、大声援に支えられ、育てられ、「自分というものを作ってきた」。縦じまに愛着がないわけがない。仲間、虎党、球団への感謝はひと言では表せない。「虎の鳥谷」のまま引退する可能性は決してゼロではなかった。

ただ、鳥谷は今春の沖縄キャンプでも不退転の覚悟を明かしていた。「最後はやれるだけのことをやって、納得した形で白黒はっきりつけたい」と。

自身で引き際を定められる選手は、プロ野球界の中でもほんの一握りしかいない。鳥谷にはもちろん、その資格がある。

「野球を辞めるかどうか、最後ぐらい自分で決めたい。本当にそれだけ。それで、もしどこからも声がかからなくて辞めることになったとしても、自分の決断だったら後悔はない」

今、それが偽らざる本音だという。

レギュラーシーズン最終戦となった9月30日中日戦でのスタメン起用は、CS進出が懸かるチーム状況を鑑みて丁重に断った。周囲の配慮に感謝した上で「まだ引退するわけじゃないから」と退団セレモニーさえ必要としなかった。

引き際の美学は人それぞれ。潔くユニホームを脱ぐ人がいる。ボロボロになるまでグラウンドに立つ人がいる。そのどちらでもない場合もある。結局のところ、最後は本人が納得できたかどうかに尽きる。

鳥谷敬の野球人生は他の誰のモノでもない。「まだ終われない。もう1度、勝負して終わりたい」。それが悩み抜いた末の決断である以上、たとえ賛否両論が出ようとも、誰も邪魔できない領域にあることだけは間違いない。