多忙なプロ野球選手は、この時期に結婚することが多い。結婚といえば巨人の脇谷亮太内野手(35)を思い出す。
06年の宮崎秋季キャンプ中、ルーキーイヤーを終えた彼から結婚する相手がいると聞いた。「紙面に残れば思い出になるから」と提案、記事にする了解を得た。10年ひと昔、牧歌的な時代である。
キャンプが終わって彼の自宅に行き、大分・柳ヶ浦高の先輩である奥様との出会いなどを聞いた。取材を終え、駅近くの喫茶店で原稿とツーショット写真を出稿。一息ついて帰宅していた地下鉄の車内で電話が鳴った。脇谷からだ。
「ところで、いつの新聞に載るんですか?」
「明日だよ」
「困りますね。無理です。だって、あちらの実家に結婚の承諾をもらっていませんので」
「え…もう、印刷が始まっちゃってるんだよ」
「でも、無理ですよ。だって許可をもらってないんですもん」
「何とかならないかな」
「う~ん、じゃあ、実家の九州地方に届く新聞には載せない、ってのはどうでしょう」
「遠い地方の新聞から印刷するんだよ…」
「…」
基本的な確認を怠っていた。2人で話しても打開策が見つからない。そうこうしている間に、印刷機はじゃんじゃん回っている。「とりあえず、広報に相談してみよう」となった。
新聞で結婚を知ったら、そりゃ怒るだろうな。怒るで済めばいいけど。「娘は渡せん!」なんて展開になったらどうしよう。謝って済む問題じゃない。もんもんと待っていると、広報から電話である。いかなる裁きも受けよう。
「ワッキー(脇谷の愛称)から聞いたよ。もう、印刷機ストップできないんでしょう?」
「すいません」
「今から彼女の実家に電話して、『娘さんをください』って結婚のあいさつをするように言ったよ。もうそれしかないだろう。彼も腹を決めたみたいで、最後は『分かりました』って言ってたよ」
「…ありがとうございます」
しばらくたって、脇谷からも「無事にOKもらいました。大丈夫です」と連絡をもらった。脇谷と球団広報のおとこ気に頭が下がった。
彼は九州男児らしい潔さと同時に、人を思いやる優しさも備えていた。彼のドラフト同期には、1位に辻内、育成に山口がいた。周囲に騒がれた辻内が孤立しないよう、さりげなく声をかけていた。キャッチボール相手の見つからない山口には、「一緒にやろう」と名乗り出た。この件も同じ。普通なら「ふざけるな」のところを踏みとどまって、仕事に理解を示し、自分のタイミングを曲げてくれた。
「思い出になるから」と脇谷には言ったが、別の意味で非常に思い出に残っている。結婚の記事を書く際には「あちら様にあいさつは済ませた?」と聞くようにしている(当たり前ですね)。脇谷さん、皆さま、お騒がせしてスイマセンでした。【宮下敬至】