先発投手予想をめぐる球団との攻防/コラム

 セに予告先発のなかったころは、翌日に誰が投げるかの取材が日常の大きな比重を占めていた。

 先発投手の情報は戦略の中枢にあり、機密性が高い。言うまでもなく、本人は投げる日を口外してはいけない。監督、コーチ、捕手。家族など周辺。その位しか知らないケースも多かった。ポストシーズンとなれば今でもそうだが、重要な試合になるほど、また面白いもので、強いチームほど情報管理が徹底されている。野球に限らず、どの組織でも同じだろう。

 紙面には「今日のプロ野球」という欄がある。対戦カードと球場、天気予報、テレビなど放送予定、解説者などの情報が詰まっている。カードの下に予想先発(今は予告先発)の名前が載る。小さく名字を載せるだけだが、当たり、外れは一目で分かる。先発の割り出しは紙面作りのベースでもある。予想欄の正確さで取材の深度を競い合う空気があった。

 彼らは登板日から逆算して行動している。行動はルーティン化していて、動きから推理を立てる。例えばライト~レフトのポール間を何回、走るのか。ダッシュを何本行うのか。ブルペンにいつ入るのか。メモに書き残していけば習慣が分かる。調整法のメモ書きは、積み上げていくほど精度が高くなる。イレギュラーが生じたら、先発の変更を疑う。

 加えて、日本の先発投手には「上がり」という独特の文化がある。中6日の場合、投げた2日後は休養日。登板間は1日しかベンチに入らない。他の日はゲーム中に帰宅、あるいは次の遠征先へと移動する。誰が考え出したリズムか分からないが、この辺も予想の上では欠かせない材料になる。ちなみにメジャーは、投げない先発もベンチで応援する。登板日がデーゲームの場合に限り、その前日は上がりとなる。

 翌日投げるであろう投手には、意気込みを取材する。表情や語り口で、隠せない人も多い。いわゆるオオカミ少年もいるが、その傾向もいつかは分かる。ローテ投手が1チーム6人としても、全員のルーティンを割り出すのはそう難しくない。真面目に取材をしていれば9割ほど的中となる。

 10割を目指していくわけだが、ここから先が甘くない。登板の間隔を詰めたり延ばしたりする時もあるし、2軍から抜てきする時もある。打順を動かす相手なら裏をかいて、順番では右投手の日にサウスポーを充てることも。1割をどう当てていくか。

 ブルペンの出入りを見る。壁に耳を当て、球数はもちろん、音の大きさで誰が投げているか推理するのは誰もが通る道。スパイクには、ちゃんと土が付いているか。額や襟足の汗は。ダミーのブルペン入りではないか。

 某球場には、辛うじてブルペンの様子が見える隙間があった。2センチほどの空間に目を凝らし、誰が何球投げているか数えた。先日その隙間をのぞきに行くと、目張りがされて何も見えなくなっていた。誰かと誰かの目が合ってしまったのだろう。

 本人に近い人への調査依頼はもちろん、親や親の知人、100%試合に同行する熱狂的なファンにも聞いたことがある。フリークは選手の動静を完璧に把握していて、先乗りする遠征先の宿舎に、さらに先回りして待っている。誰が何時に入ってきたか? 荷物は? 様子は? 外出した? やればやるほど完全に当てたくなるが、達成したことはなかった。

 データが洗練された現代のプロ野球では、事前の情報戦が勝敗を左右することがよくある。最強は00年代中盤~終盤の中日ドラゴンズだった。その底知れぬ強さが、巨人の本拠地である東京ドームの構造まで変えてしまった。レガシーとして、今でもしっかり残っている。(つづく)【宮下敬至】