西武浅村が悩み抜いたバント選択…併殺より1点重視

1回裏西武無死一、二塁、浅村は投前に犠打を決める(撮影・松本俊)

<西武7-6ソフトバンク>◇21日◇メットライフドーム

 1回表無死一、二塁。得点圏に走者を置いての打席に、西武の3番打者、浅村栄斗内野手(26)が立った。早くも先制か-。そんな期待に、応援のボルテージも上がる。

 鳴り響くチャンステーマ。しかし次の瞬間、声援はどよめきに変わった。

 ソフトバンク先発寺原の初球。浅村は右足を引いてバントの構えに入り、セフティー気味にスタートを切りながら、三塁線を狙って転がした。

 打球は狙いより、やや投手寄りに転がった。マウンドを駆け降りた寺原がさばき、浅村は一塁でアウトになった。しかし二塁走者秋山、一塁走者源田はともに進塁。次の中村の遊ゴロ間に、秋山が生還した。

 中村は「驚きましたよ。みんなも驚いたでしょ。アサはチームで一番打っているバッターだから」と振り返る。浅村はこの時点で、リーグトップの57安打、39打点。前日には節目の通算100本塁打も達成していた。

 バントのサインが出ていたわけでもない。なのになぜ、バントをしたのか。浅村は「とにかく、勝ちたいんです」と切り出した。

 浅村のバント直前。二塁に秋山を置いた場面で、2番源田にはバントのサインが出ていた。

 しかし初球はファウル、2球目はボールとなった。そこでベンチの指示がヒッティングに変わった。3球目。打球は三遊間に飛んだ。秋山は進塁できなかったが、源田は内野安打で一塁に生きた。

 その瞬間、浅村の頭の中に、バントという選択肢が浮かんだ。

 「初回に無死一、二塁。これ以上ないチャンスですよね。その分、簡単に併殺になったら、ベンチの士気が下がると思った。勝つための試合の流れを考えたら、まずは併殺にならないこと。もしも源田が一塁に生きていなければ、考え方は違ったと思います」

 打席に立つと、何げなく三塁手松田の挙動を確認する。前述通り、浅村は最多安打、最多打点の強打者。深めに守り、バントを警戒する様子はみじんもない。

 三塁前にしっかり転がせば、一塁に生きることはできる。たとえセーフにならなくとも、走者は進塁させられる。そうなれば併殺の可能性が消え、犠飛や内野ゴロでも1点という状況で、主砲の中村に回せる。

 「『もしも併殺ならベンチの雰囲気が悪くなる』という考え方は、本来はよくない。ただ、今回だけはそこが大事だと思った。次に中村さん、メヒアもいる。確実に1点を取ることを重視したかった」

 補足したのは、三塁に進んだ秋山だった。

 「アサなら長打の可能性もあるし、打った方が大量得点になったかもしれない。ただ、うちの先発がウルフということを、アサは踏まえていたと思います。1回表、ウルフは相手をまったく寄せ付けず、3者凡退にした。あの内容なら、こっちが1点を取るだけで、相手にはプレッシャーになりますよね」

 浅村は「今日は自分だけでなく、いろんな選手が持ち味を生かし、勝つための役割を果たした」と強調する。

 3回には栗山もバントを決めた。外崎がその好機を生かし、適時打を放った。源田は逆転を許した直後の6回、俊足を生かした三塁打で出塁。同点に導いた。

 好投していたウルフが右脇腹を痛めて緊急降板しても、中継ぎ陣が踏ん張った。浅村と同様、他の選手もそれぞれが「勝つためにできることは何か」と考えを巡らせ、使命を全うした。

 辻監督は「浅村があそこまでやれば、他のみんなも気持ちは高まる。考え、思うところも自然と出てくるでしょう」と話した。

 中村も「アサがやってくれたから、自分も必死でゴロを打った。主将になったからといって、あいつのプレーや取り組みがそんなに変わったとは思わない。でもあのバントを見せられると…。やっぱり覚悟みたいなものは感じますよね」と振り返る。

 8回に一時勝ち越しの左越えソロを放った炭谷は「本塁打はたまたま。それよりもみんなで野球ができていることが大事」とうなずく。秋山などは「あのバントは、チームにとってすごく大きなイベントだったと思う」とまで言った。

 浅村は3回の第2打席で、初球を左越え本塁打。1点を追う6回の第4打席でも、貴重な同点右犠飛を放った。しかしそれ以上に、初回のバントが周囲に与えたインパクトは大きい。

 3年連続Bクラスだったチームは、辻監督のもとで生まれ変わろうとしている。もしもそれが成功したなら、主将浅村のバントはチーム改革を加速させる「スイッチ」になったと評価されるかもしれない。【塩畑大輔】