東洋大が春秋連覇!高橋監督が勇退プロ輩出40人超

東洋大対亜大 優勝し胴上げされる東洋大・高橋監督(撮影・野上伸悟)

 東洋大が、1勝1敗で迎えた亜大との最終決戦を4-3で勝利し、2季連続18度目の優勝を決めた。試合後、東洋大・高橋昭雄監督(69)が今季限りでの勇退を表明。後任には、西部ガスの前監督の杉本泰彦氏(58)らが候補に挙がる。就任46年目の高橋監督はリーグ断トツの通算542勝を挙げ、10日開幕の明治神宮大会で花道を飾ることを誓った。また、明治神宮大会大学の部の組み合わせも決まった。

 ナインの輪に吸い込まれ宙に舞った直後だった。三塁側ベンチに戻った高橋監督が、自ら勇退を口にした。「オレ(監督を)辞めるから。年は関係ないんだけどね」と言い放った。

 18度目の優勝は、ピンチから一転あっけなく決まった。1点リードで迎えた9回裏2死一塁。走者が一、二塁間にはさまれて、タッチアウト。その瞬間に2季連続のリーグ制覇が転がり込んだ。「エラーはあるしバタバタした試合。こんな勝ち方もあるんだね。46年もやってきて初めてだ」と振り返った。

 72年の就任から優勝まで10季かかった。以来18度、すべて高橋監督が導いた優勝だ。「エースと4番、それにリーダーがいれば、監督なんていなくても勝てるんだよ」。だが今季は4番の中川が不振、けが人も多かった。それでも最終試合で優勝をつかんだ。「主将の飯田がよくまとめてくれました」。

 先月初め、高橋監督の義母和子さんが89歳で急死した。国学院大戦を前にしていたが、そんなことなどおくびにも出さず、いつも通りに戦い勝ち点を挙げた。監督として選手を鍛える中で、いつも3つのことを挙げる。「人のことを考え、思いやりを持って、野球には負けずぎらいで」。これを貫いてきた。今年限りの勇退は1月、練習始めのミーティングで選手に告げた。聞かされた飯田は「なにがなんでも優勝しようと思いました」という。それが今春、11年春以来となる優勝を導いた。

 長い監督生活で辞めようと思ったのは1度だけだ。「2部に落ちたとき。進退伺を出しました。3回落ちたけど強くして辞めろといわれたね」。

 明治神宮大会が最後のユニホーム姿になる。この日先制打を放った西川がいう。「監督さんをもう1回胴上げしたいんです」。西川は、OBの森監督率いる浦和学院から来た。つまり、もう教え子の教え子になる。「まだやれるけど46年間、感謝ですよ」。春逃した日本一へ、再挑戦。東都の名将・高橋監督に「強くして辞める」ときがついにやって来た。【米谷輝昭】

 ◆高橋昭雄(たかはし・あきお)1948年(昭23)6月8日生まれ。埼玉県出身。大宮工から東洋大へ。捕手として1年秋にベンチ入り。4年に副将を務めた。日産自動車入りした71年秋に母校監督に招へいされ、翌72年2月に就任。76年秋に初優勝した。リーグ優勝18回。松沼兄弟(西武)鈴木大地、藤岡貴裕(ともにロッテ)らプロ入りした教え子は楽に40人を超える。全日本大学野球選手権は4度、明治神宮大会は2度制している。