右足にはボルト…鈴木誠也は自分に我慢我慢を/手記

広島対ヤクルト 5回裏広島無死、ヘッドスライディングで遊撃内野安打とする鈴木(撮影・栗木一考)

<広島10-0ヤクルト>◇26日◇マツダスタジアム

苦しみから解放され、笑顔が咲いた。広島鈴木誠也外野手(24)が26日、日刊スポーツに手記を寄せた。今季は昨年8月末の右脛骨(けいこつ)内果剥離骨折の骨接合術と三角靱帯(じんたい)損傷の靱帯修復術の手術から復帰。痛みはまだ残る。それでもチームのために、優勝のために、戦ってきた。打線をけん引してきた若き4番が、その胸の内を明かした。

素直にうれしいです。優勝することだけを考えてやってきたので、本当にうれしい。昨年ケガをしてベンチの中から優勝の光景を見ましたが、今年は守って見られた。感動しました。

我慢、我慢…。今年はそう自分に言い聞かせながらプレーしてきました。昨年ケガをしたとき、「(野球人生が)終わった」と思いました。それくらい覚悟しました。1年で治るわけがないと思っていた中で、ここまでプレーできていることは、奇跡です。まだ右足には骨をつなぐボルトが入っている状態。もうケガはしたくない。野球ができることに喜びを感じながらプレーしてきました。

ただ、全力でいけないところは正直ありました。もともと内野安打が多いタイプですし、次の塁を狙った走塁はずっと意識してやってきたこと。でも、それができない。ジレンマはありました。イライラもした。でも、離脱することが一番チームに迷惑をかけることになるので、我慢しないといけないとブレーキをかけた。それがつらかった。内野安打になるかもしれない打球や三塁打にできるかもしれない打球でも、自分の中でどこか抑えていました。三塁打になればサイクル安打となった8月1日ヤクルト戦(神宮)の当たりも無理をしたくなかったんです(結果二塁打でサイクル安打を逃した)。でも今日(の5回)は、先頭でとにかく塁に出れば後を打つ松山さん、野間さんが返してくれると思ったので、自然と頭からいきました。

今年は記録なんてどうでもいいんです。とにかく「チームのために」。それしか頭にない。昨年まではとにかく試合に出続けないといけないと思い、成績を追いかけていた気がします。もちろん優勝してうれしかったですけど、それよりも自分のことで精いっぱいでした。でも今年は開幕から自分の結果よりもチームが勝てばうれしいし、負ければ悔しい。心からそう思えた。そんな気持ちになれたのはプロに入って初めてです。

でも前半戦はチームの力になれなかった…。モヤモヤしたものがずっとありました。交流戦がひとつのきっかけ。対戦するチームが変わったことで、何か変えてみようかなと思えました。自分が良くないときに共通しているのは「迷い」。自分で勝手に考え込んでしまうことで積極的に振る持ち味が消えていた。迷って追い込まれて凡打して後悔するなら、自分のスイングをした結果アウトの方がいいなって。「失敗の仕方」を自分で考え直したことで、変わっていった。そこからですね。

野球は仕事ではなく、勝負。だから楽しい。でも投手との勝負に負けたくない。勝ちたい。その思いだけ。打ち取られることは悔しいし、自分にイライラしてカッとなることもある。でも今年は「チームのため」。カッとならないように、頭の中でずっと「勝てばいい、勝てばいい」と呪文のように唱えていました。そう思い込むことで、気持ちがちょっと楽になりました。その分、外野で叫んで発散していましたけどね(笑い)。

シーズンの最後に、4番がしっかりしないと勝てないんだと感じました。今日も丸さんが先制打を打ってくれた。CSでは丸さんではなく、自分が打って勢いづけられるようにしたい。今年は絶対に、新井さんと日本一になりたい。(広島カープ外野手)

◆鈴木の昨年の離脱 17年8月23日DeNA戦の2回、6番戸柱の打球を追って背走し、最後はフェンス際でジャンピングキャッチ。着地の際に右足首を痛め、その場で倒れ込み途中交代となった。試合中に横浜市内の病院で検査を受け「右脛骨(けいこつ)内果剥離骨折」と診断された。翌日24日に抹消。シーズン残り試合での復帰はならなかった。