辻監督の選手ファースト「ノーサイン野球」で完全V

優勝を決め胴上げされる辻監督。後方に昨年急逝した森慎二コーチのユニホームが掲げられている(撮影・梅根麻紀)

<日本ハム4-1西武>◇9月30日◇札幌ドーム

「新・黄金時代」の幕開けだ。西武が10年ぶりの優勝を果たし、球団40周年の節目を飾った。優勝マジック1で臨んだ日本ハム戦には敗れたが、2位ソフトバンクも敗れ、22度目のパ・リーグ制覇が決まった。就任2年目の辻発彦監督(59)は投手陣をやりくりしながら、ほぼ固定した打線で打ち勝つ野球を押し通した。開幕日からオール1位の優勝は史上5度目でパ・リーグでは62年東映以来56年ぶりの快挙だ。

辻監督はベンチでみんなと握手した。試合は負けたがソフトバンクも負けた。ついに訪れた瞬間。マウンドそばで8度、舞った。

辻監督 選手たちが助けてくれた。気持ちが伝わってきた。ありがとう!

マジックが点灯した17日以降は11戦9勝。隙を見せることなく、駆け抜けた。そんな選手たちが、まぶしかった。「たくましいよ」。優勝が見えてきた9月中旬、ふと漏らした。

「プロ野球って、監督が良かったら優勝するんかな? 選手が良かったら、監督は誰でもいいんじゃないか。今、そう思う」

監督は何をすべきか? 自らに問うても「分からない。技術を教えるわけでもない。作戦も、うちはサインが少ない」と明確な答えは出せない。だから選手ファーストで考える。

西武黄金時代の名二塁手は守りの野球が身上。だが、昨オフに複数の主力投手が抜け、防御率はリーグ最低。1年目で立て直したはずの守備もリーグ最多失策を数える。「理想どおりにはいかない。5点以上、取らないと勝てない」と現実を受け入れた。前進守備で1点を守るのではなく、エンドランを仕掛けるのでもなく、自由に打たせ得点力にかける戦いを優先した。「うちの武器。ちょこちょこやっても持ち味がなくなる。個々の良さを出させる。究極はノーサイン野球だ」と言い切った。

選手ファーストは接し方にも表れる。監督の目を気にするのか。失敗に落ち込むのか。昨季以上に、個々の性格に沿うよう心掛ける。たとえば、打たれた若手投手には翌日のグラウンドで「バカ野郎~」と冗談でほぐしてから話しかけた。「昨日は下を向いてたけど、今日は目を見てあいさつしてきたから」。現役時の体験がある。

優勝が迫ったシーズン終盤。辻はバント失敗のあげく、併殺打で好機をつぶした。次打者のサヨナラ打で勝ったが、言いようのない恐怖に襲われた。「自分のミスで優勝まで逃したら…」。ひとり球場に残り、涙が出そうになった。夜遅く、自宅の電話が鳴った。森監督だった。「肩の力を抜いたらどうだ。お前のおかげで、どれだけ勝ったか。誰もお前を責めはしない」。同じ立場となり思う。

「救われた。監督の言葉は大きい。あれで野球観が変わったよ。失敗のスポーツ。だから失敗しても、また練習してうまくなればいい。普段、どういう姿勢で取り組んでいるかが大事」

どんな負け試合でも、必要以上に選手を責めることはしない。家に帰れば、トイプードルの愛犬ルーキーとたわむれる。息抜きの後は深夜まで翌日の準備。老眼鏡をかけ、タブレットで映像を見て、資料を読み込む。「良くなっただろ」と、家族に自慢げに選手の映像を見せる。重圧からか、野球の夢を見ることも多い。なぜか、その時は監督ではなく現役に戻っているが。グラウンドを離れても、選手のことを思っている。

「結果は結果だから」が口癖なのは過程を重んじるからだ。「だって、ようやく優勝。いつも優勝するチームなら結果だけ求めて厳しくやってもいいけど」。秘めた思いがある。

「ライオンズは常勝軍団じゃなきゃいけない」

選手として12年間で9度優勝。監督として2年目で初優勝。会見で、堂々と、力強く宣言した。

辻監督 来年も、再来年も、勝ちたい。

10年ぶりの栄冠を、新・黄金時代構築の一里塚とする。【古川真弥】

▼辻監督は就任2年目で初優勝。開幕日からオール1位で優勝した監督は38年春タイガースの石本監督、53年巨人と62年東映の水原監督、97年ヤクルトの野村監督に次いで史上4人目。石本監督は2度目、水原監督は3度目と9度目、野村監督は5度目のVで記録しており、自身の初優勝をオール1位で飾った監督は初めてだ。辻監督は84年に西武へ入団し、84~88年はすでに監督で優勝を経験した東尾、伊東、渡辺久、秋山、工藤と一緒にプレー。同一球団で同時期にプレーした6人が優勝監督は、58年巨人(川上、与那嶺、長嶋、広岡、藤田、森)59、60年巨人(与那嶺、長嶋、広岡、藤田、森、王)と並ぶ最多人数となった。