原監督19年天下奪回へ「滅びるわけにはいかない」

熱く語る巨人原監督(撮影・横山健太)

若大将による“原幕府”が幕を開ける。3度目の監督就任の命を受けた巨人原辰徳監督(60)が、戦いの舞台に戻ってきた。約400年前。同じ60歳の徳川家康が江戸幕府を開いた。鎌倉、室町に続く日本3度目の幕府は、260年以上の安定統治で日本史の一時代を築いた。家康が天下を統一した「江戸=東京」を拠点に、原監督が天下奪回へ進み始める。【取材・構成=前田祐輔、為田聡史】

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「江戸幕府」「徳川家康」の2つのワードを唐突に投げかけると、原監督は独自の視点で「巨人軍」と重ね合わせた。

原監督 やっぱり家康公がすごかったところは、自分が生きている間に、将軍さんをつくったことだよね。第3代まで知ってたわけだから。

家康は1603年に江戸幕府を開き、2年強の在職を経て2代目の秀忠に将軍職を継承させた。さらに3代目の家光も指名。幕府の基礎固めを盤石にして75年の生涯を終えた。

原監督 相当、自信があったと思う。僕はそんなに自信がない。しかし、つなげるという部分において、ジャイアンツの85年の歴史の中でOB以外は監督になっていない。自分も良い形でいい選手につなぐ、いい監督につなげるというのは頭の中にはあります。戦うという現場の部分とは別ものとしてあります。

還暦を迎えた指揮官は3度目の監督就任の課題として「勝利」と「後継者」の両輪を課した。02年にコーチとして3年間仕えた長嶋監督から引き継いだ指揮官のバトンを託す人材の育成も、使命として捉える。選手、指導者ともに年齢への固定概念はない。

原監督 選手を見るときに僕の中では年齢は関係ない。ただし、キャリアというものはある。この前も丸と話をした時に非常に彼は野球人としてフレッシュに感じた。若いと。だから、貪欲さがある。

このオフのイベントで、新加入の岩隈は原監督を「大将」と形容した。伝え聞くと大きく首を横に振った。

原監督 いや、まだまだ若大将でいたい。若いとか青いというのは、いい言葉。たとえじいさんになってもね。正直言ってスポーツの世界、勝負の世界は勝つことは簡単ではない。だから、戦う前はそういう若さであったり、青さであったり、あるいは希望であったりが前面に出てこないと、なかなかチームを引っ張れないんじゃないかっていう気はしている。

若大将で居続けるためには「挑戦」が必要不可欠になる。

原監督 挑戦者という意識を持っている人って70歳でも80歳でも話していても楽しいよね。いくら若くても何となく限界みたいなところを話す人は、あまり魅力を感じない。37歳で現役引退したときに「僕がいなくなるジャイアンツ、野球界は、どうなると思ってんだ」みたいなおごりがあった。その時にある人から「人の代わりはナンボでもいますよ。君がここにいなくても、野球界は前に進むんだよ」って。「ハー」と思った。

栄光、苦境、試練、歓喜-。選手としてリーグ優勝6回、日本一3回。監督としてもリーグ優勝7回、日本一3回を成し遂げた。約400年前を生きた徳川家康も天下統一後に、もう一仕事を成し遂げた。

原監督 「鳴かぬなら、鳴くまで待とう」という心境というのは、なかなか我々にはできない。家康公の強さと粘り強さを感じる。その粘りに関しては僕も勝負にはこだわりたい。時代はいつか滅びる。でも巨人軍は滅びるわけにはいかない。