富士大・豊田監督指導の極意は長所伸ばし育てて勝つ

教え子たちの功績をたたえる額や新聞の前で笑顔を見せる富士大・豊田監督(撮影・鎌田直秀)

北東北大学野球リーグ史上最長10連覇中を誇る富士大(岩手)の、勝ち続ける秘訣(ひけつ)は何か? 冬場はグラウンドが雪に覆われる環境の地方大学ながら、09年全日本大学選手権準優勝などの成績だけでなく、数多くのプロや社会人選手も輩出。13年12月に監督就任後、1度もリーグ優勝を逃していない豊田圭史監督(35)の手腕や指導法の極意に迫る。11連覇に挑む19年春季リーグ戦は、20日に秋田・さきがけ八橋球場で開幕する。【取材・構成=鎌田直秀】

西武、阪神、広島…。豊田監督が座り、時には選手を招き入れて対話する監督室には、プロ入りした教え子たちのユニホームが飾られている。「史上初10連覇」「全国準V」などの新聞切り抜きの数々も壁に貼付。「プロを何人も輩出することは、もちろんうれしいし、名誉なこと。でも、指導者として一番うれしいのは、レギュラーじゃなかったり、Bチームだった子が、卒業してから学校に来てくれたり、連絡をくれること。これが本音です」。コーチ時代を含め、約10年間の卒業生の姿を思い浮かべながら笑顔があふれた。

13年12月、監督に就任した。中学、高校の野球生活を振り返り「NOは、なかったですね。楽しくはなかったですけれど、僕には厳しい指導があっていたんです。でも指導者になったら正反対の指導がしたいと思っていました」。大学時代も同期同部屋でロッテ05年ドラフト6位の相原勝幸投手をライバル視し「超えようと思って、誰よりも努力するタイプでした」。300メートル走×20本だけは毎日欠かさなかった。時代の変化に、最初から順応できたかと言えば、そうではない。「2年間くらいは、夜遅くまで練習させていました。それは正解ではなかった。今の子には絶対に合わないと、あらためて気づけた」。

全体練習の時間を短くし、集中させた。そのぶん、個々を補う時間をつくった。野球でも勉強でも遊びでも自由。24時間の使い方を工夫させた。自身が足を運んで目をかけた選手以外にも門戸は広く開放し、部員は4学年で約200人。全部員が本当に参加しているかも完全把握はできていなかった。だが、時間を分けて練習することでコーチ陣を含めて網羅が可能。今でも春季沖縄合宿は、まずBチーム。入れ替わるようにAチーム。豊田監督は約3週間、沖縄で全部員と向き合う。岩手・花巻の居残り組はコーチ陣が目を光らせる。

自主トレの強要はしない。「(山川)穂高は誰よりも最後まで残って練習して、自分に自信をつけるタイプ。トノ(外崎)はほとんど自主トレはしない。全体練習の中で集中して向上するすべがあった。どっちでも良いんです。自分が結果を出せる方法を見つけてくれれば」。近年は投手力で最少失点で競り勝つために「全体練習が打撃ゼロで守備だけなんて日も結構ありました」。自然と各自が自己分析して、自主トレメニューを決めるようにもなる。

一方、リーグ戦で10連覇しても、全国舞台で勝てない悩みも抱えている。「今年は打撃を頑張ろうかなと思っています。守備練習を少なくしても、不安な人は自主的にやる。1-0で勝つ試合は全国では限界がある。野球の原点は点取りゲームかなと」。練習内容だけでなく、考え方も柔軟に変化させる。「まだまだ若いって言われますが、固執せずに自分の野球観を変えてしまえるのは若さの強みかな。その時にあったもの、対戦相手にあったものに。責任はとらなきゃいけないとも思っています。この5年間、ずっと同じではありません」。選手起用でも開幕週と最終週でガラッと変わっていることも珍しくない。昨秋はリーグ優勝後の明治神宮大会東北代表決定戦で、Bチームから引き上げて抜てきした選手もいるほどだ。

全員で高まる意識を植え付けたのは、スタンド応援にある。出場できない悔しさを内に秘め、試合では約200人の力を結集させる。ベンチ入りメンバー発表時などに、豊田監督から「選んであげることが出来ずに申し訳ない。しっかり応援してほしい」と懇願。自分の思いと違うものにも真剣に取り組めることは、卒業後の社会性にもつながる。全員に“ポジション”を与える一体感、結束力は大一番での力に変わる。

指導法はシンプルだ。長所を伸ばす。高校生への着眼点は独特だ。投手に関しては「体の大きな選手はノーコンでも地肩が強いこと。投げ方は少しアーム気味くらいでもいい。体の小さな選手なら小気味よく投げられるリズム感」。昨秋の楽天ドラフト8位鈴木翔天投手(22)は神奈川大会決勝で左翼から本塁への送球を見て一目ぼれ。投手に本格転向させてエースに育て上げた。打者は「目立たなくてもバットコントロールのうまい子。もしくは逆にフルスイングできる子。ガッツがあって荒々しくて、人を引きつける子も魅力」。完成度は求めていない。「プロ志望届を提出してもいい。指名漏れしてしまったら富士大入学を考えて」と夢心も尊重する包容力も恩返しの心に変わる。

自主性、社会性、連帯感、一芸に秀でた集合体。オフ期間にはプロや社会人でプレーする選手が学校に顔を出す。その循環が学生の刺激にもなる。「V10は達成したけれど、勝利の99・9%は選手の頑張り。指導者の力は0・1%くらい。まずは春の全日本選手権で、うれし涙を流したいですね」。豊田流は、人も結果も引き寄せる。

◆豊田圭史(とよだ・けいし)1984年(昭59)2月4日生まれ、横浜市出身。武相-富士大。卒業後は3年間の一般企業勤務を経験。09年に富士大コーチに就任し、13年12月に監督昇格。14年春からリーグ戦10連覇中。現役時代は最速148キロ投手として活躍。右投げ右打ち。

◆富士大硬式野球部 1965年(昭40)創部。91年の北東北大学野球連盟発足時から加盟。97年春季リーグ戦で初優勝。最低順位は4位で、2部降格は1度もない。過去20年間は八戸学院大と2強時代。リーグ優勝33度。18年秋には青森大(92年秋~96年秋)を超える単独1位のリーグ10連覇達成。09年全日本大学選手権準優勝(出場13度)、12年明治神宮大会4強(出場4度)。豊田圭史監督で歴代5人目。