「消える」菅野の魔球スライダー…腕振り縦で真横に

菅野のスライダーの軌道イメージ

<潜入>

巨人菅野智之投手(29)が不動のエースに君臨するきっかけは、オールスターにあった-。16年から奪三振数が飛躍的に増え、17年からは2年連続で沢村賞を受賞。投球術の進化や平均球速がアップしたことはもちろんだが、15年の球宴で「ある投手」から得たヒントをもとに、持ち球のスライダーにさらなる磨きをかけた。浮上したのは「ピッチトンネル」なるワード。本人、周囲の声から深層に迫る。

「菅野のスライダーは独特な軌道で曲がる」。球界を代表する投手を崩そうと、日夜研究している専門家の見立てがある。

通算1000奪三振を達成した5月1日の中日戦、7回1死。平田が、フルカウントからの外角スライダーに空振り三振した。狙ったコースより外れてボールゾーンに大きく曲がったが、バットは空を切った。「むちゃくちゃ曲がった」と驚いた好打者は、なぜ手を出したのか。

球界関係者の話を総合する。菅野のスライダーは

<1>速く

<2>曲がりが大きく

<3>真横に曲がる

通常、大きな曲がり幅のスライダーは少し円を描きながら捕手のミットに到達する。菅野のスライダーは真っすぐの軌道で進んでいき、ベース板の近くで鋭く大きく曲がる。直前まで真っすぐと感じ、振りにいった瞬間に大きく曲がるので空振りする。

打者が特殊な球種と感じる大きな要因として<3>の「真横に曲がる」が挙がる。腕の振りは縦にもかかわらず、変化は真横。何万球とボールを見てきた打者でも、腕の振りからイメージできる軌道から外れる。

「高校、大学まではどちらかというと縦のスライダーでした。15年のオールスターの時に、(当時広島の)マエケンさんにスライダーを教わって。そこから変わりました」

1年目の13年から着実に勝ち星を重ねた菅野だが、手が付けられないほどの投手ではなかった。3年目の球宴、この年を最後に海を渡った広島のエースに教えを請い、当時「今の日本球界で最も打てない変化球」と称された宝刀を習得しようと考えた。

ボールを手に取って、握りを教わった。キャッチボールなどで試投し、ボールを外側に切る自分流をミックス。菅野のスライダーが完成した。

いわゆる「縦スラ」は、多くの投手が持ち球としている。菅野のスライダーは文字通り、横に大きく滑る「横スラ」。カギは、急に横に滑り出すポイントが、ホームベースの手前7メートル地点を切っている点にある。

研究者たちは「菅野のスライダーは『ピッチトンネル』が狭い。だから、打者は真っすぐとスライダーを錯覚する」と結論づけている。

「ピッチトンネル」とは? 打者は、マウンドから投げられるボールが打席に届く間に、バットを振るか振らないかを瞬時に判断しなくてはならない。ホームベースの手前7メートル前後で判断しなくては、物理学上、打てないといわれる。

ベース板の手前7メートル付近から先は、投手にとっての「絶対領域」。打者が反応できる限界点で、直球の軌道と変化球の軌道の差がどのくらいあるか。ボールが曲がりだす位置の差を直径とした「穴」が狭いほど、打者は球種の見分けが難しくなる。この穴をピッチトンネルと呼び、近年メジャーのアナリストも注目している。

ピッチトンネルとは、主に「真っすぐと変化球の組み合わせ」で構築されるものである。直球と同じ軌道を、長く引っ張れれば引っ張れるほど、バットに当てられる確率は低くなる。最も重要な要素はコントロールといわれるが、菅野にはずばぬけた制球力がある。

本塁から7メートル前後で突然曲がり出す菅野のスライダー。「真っすぐだ」と思って振っても、変化量も大きいからバットは空を切る。よく「ボールが消えた」と表現されるが、まさにこのことを指す。

「消える」というワードに反応したのは、巨人小谷巡回投手コーチだ。「代表的な投手が1人いるな。佐々木のフォークだな」と振り返った。真っすぐと同じ腕の振り、軌道からベース板近くで急激に落ちる。打者は150キロの直球に振り負けないように意識する分、大魔神のフォークは威力を発揮した。

巨人相川バッテリーコーチは、岩瀬のスライダーにイメージを重ねた。「捕る直前に急激に曲がってくる。すごいってもんじゃなかった」。スライダーのサインを出し、想定しているにもかかわらず、ボールに差し込まれた衝撃が忘れられない。

佐々木主浩、岩瀬仁紀、前田健太、菅野智之。共通するのは「ピッチトンネル」の狭さと変化量の大きさ。いつの時代も魔球の原理は変わらない。超一流が集う球宴は、超一流の技術が集う場所でもある。令和元年の舞台裏でも、あちこちで静かなる化学反応が起こりそうだ。【取材・構成=久保賢吾】