<北海道日本ハムファイターズ15年史>
日本ハムは2018年で北海道移転15年。過去の名場面、珍場面を、当時の紙面とともに振り返ります。
<13年10月25日付>
今年のドラフト会議、外れ1位の抽選でJFE西日本・河野を引き当てた栗山監督は、長年続いた「連敗」を止めた。「負の歴史」が始まったのは、13年秋のドラフト会議だった。
まずは5球団が競合した松井裕(桐光学園→楽天)を外し、外れ1位の柿田(日本生命→DeNA17年退団)は3球団の競合で“敗北”。さらに岩貞(横浜商大→阪神)の抽選も外した。この年は最下位だったため、抽選箱に手を入れたのはすべて1番手だったのだが…。「2回くらいはあると思ったけれど、3回外すとは思っていなかった」。指揮官の目は潤んでいた。
いまでも抽選箱を自作してシミュレーションを行ったり、あらゆるゲンをかつぐ同監督だが、初めて抽選役を担ったこの年も都内の東郷神社で祈願。ポケットには桐光学園グラウンドのマウンドの土を忍ばせていた。
16年のドラフト会議でも、田中(創価大→ソフトバンク)、佐々木(桜美林大→ロッテ)を指名して連敗。抽選役を“解任”されることになる。
だが松井裕、柿田、岩貞を外した13年のドラフトで、外れ外れ外れ1位で指名したのが渡辺。6年目の今季、田中賢が抜けることになる二塁のレギュラーに定着し、打率2割6分2厘、11本塁打、58打点。ドラフト会議の成功、失敗は、その年の選手たちが引退するときまでわからない。(おわり)