職人芸「湯もみ型付け」スラッガーのグラブは即戦力

グラブをお湯につける山田佑紀さん

<深掘り。>

#野球好きな人々へ 玄人好み、多くのプロ野球選手にも愛用される「スラッガー」のグラブ。独自の「湯もみ型付け」という職人芸で、手元に届いた時から違和感なく使用できる。少年時代のグラブを持参し、久保田運動具店東京支店の松山英則さん(38)と山田佑紀さん(32)から、手入れの仕方を学び、動画にも収めた。現役のプレーヤーはもちろん、進学や就職を機に野球をやめた人たちも必見です!

※この取材は、関係者の方々との距離などに配慮して行いました。

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中学入学時に購入したスラッガーの硬式用オールラウンドグラブを、久しぶりに押し入れから掘り起こした。

小学生の頃、福岡・宗像市の学童少年野球チーム、河東西(かとうにし)オリオンズに在籍していた。当時の大島康朋コーチから卒団記念のお祝い金をいただき、購入した。同コーチは、箕島高で吉井理人(現ロッテ投手コーチ)や山下徳人(現ロッテ編成)らと甲子園に出場した。

二塁手だった。甲子園でダイビングキャッチする写真を見せてもらったことがある。高校時代にスラッガーを愛用していたことから勧めてくれた。「そんな人が言うなら間違いない」。久保田運動具店の福岡支店に走ったことを思い出した。干支(えと)が一回りして、取材のため東京・渋谷の久保田運動具店にグラブを持参した。

見渡す限り、グラブ、グラブ、グラブ。新品の革のにおいが漂い、あの時と同じように光って見えた。スラッガーの職員は、入社時に湯もみ型付けの考案者である江頭重利さん(87)のいる福岡支店で、1カ月の研修を受けるという。その福岡支店で購入したグラブ。大学入学を機に上京する時「いつか野球をすることがあるだろう」と、何となく持ってきていた。東京で、仕事として磨くことになるとは…不思議な縁を感じた。

手入れに関しては10年以上やっていなかった。高校ではラグビー部に所属したため、ソフトボールを挟んで放置していた。「ソフトボールを挟めば形崩れしない」と思いやっていたつもりが、逆に形崩れにつながるとは。全体的に日焼けし、乾ききっていたグラブだったが、手入れを終えると息を吹き返した。

グラブの寿命は、使い方やメンテナンス次第で伸びると教わった。現役時代の片岡治大(現巨人2軍内野守備走塁コーチ)は、試合用として使ったのはプロ12年間でわずか3つ。山田さんによると、プロ野球選手は「1個のものに対しての思いが強い選手が多い」という。スラッガー社はプロ選手の担当者が実際に店舗に立つため、憧れの存在の担当者に相談をしながら自分だけのグラブを作っていける。

小学生の頃は、主に一塁手と投手。中学入学時にオールラウンド用と思って買ったグラブは「L7」という製品番号で、松井稼頭央(現西武2軍監督)モデルだと初めて知った。

よみがえったグラブを見ていると、野球をやめる際に、大島コーチに泣きながら電話で報告したのを思い出した。当時のことを確認するため、父親に電話をかけると「(コーチから)湯もみ型付けの考案者、江頭さんがいるから」と勧められ、近所の代理店ではなく、車で1時間ほどかかる久保田運動具店の福岡支店まで行ったことが判明した。全く覚えていなかった。

昨年、入社後初めて担当した球団は、吉井投手コーチと山下編成調査担当の在籍するロッテだった。ロッテはかつてオリオンズを名乗った。自分が野球と出合ったのもオリオンズ。中学までしか野球をしていない記者でも、まだまだ書ききれないほどの思い出や縁がある。プロ野球選手の思い入れはいかほどか。また取材ができるようになれば…相棒にも着目して物語を聞いてみたい。【久永壮真】

~湯もみ型付けの過程~

【ばらし】

(1) スラッガーのグラブの型付けは、完成形のグラブを「ばらす」ことから始める。グラブを傷つけないように加工したペンチを使用し、ひもを外していく。

(2) グラブの左半分が外し終えたら、親指部分から土手にかけて入っている「親指の芯」を抜き取る。手際のいい作業で3分半ほどで作業完了。

【芯の加工】

(3) グラブの操作性を高めるために、特別な加工を行う。内容は非公開。

【戻し】

(4) 加工の終わった親指の芯をグラブに戻す。

(5) 再びひもを通す。その際に「一番(動きに)制限がかかる」土手部分のひもは通さず、抜いたままに。「固定するとその部分だけ動かない。必死にやっていたら打球によって、いろんな形で捕る。その妨げにならないように」(山田さん)。スラッガー特有の土手部分に小さな穴が開いているのはこのため。

【湯もみ型付け】

(6) 熱めのお湯にグラブをくぐらせる。決まった秒数などはなく、職人の感覚。大きさ、形ともに変わらず、全く同じように見えるグラブでも、革の硬さは異なる。お湯で革の繊維を柔らかくする。

(7) お湯からグラブを上げ、強く押して水気を取る。

(8) もみほぐしながら形を整えていく。

(9) 木製のハンマーでグラブをたたき、柔らかくしていく。

(10) ボールを使い、捕球面を整える。その際に注文者の手の大きさや厚みを見て、型を付けるのがポイント。手の小さな人のグラブの場合は、浅めに手を入れなじませていく。完成後は関節がついているような仕上がりとなっている。

※(6)~(10)が最も重要な工程。

【乾燥】

(11) 乾燥機に入れ、数日間乾燥させる。

【もみ】

(12) 乾燥後のグラブを霧吹きでぬらし、革に蒸気が浸透する程度に蒸す。決まった時間はなく職人の感覚で状態を見極めて調整。

(13) (10)で付けた型に沿い、ボールなどを使いさらに柔らかくしていく。状況に応じて(11)~(13)の作業を繰り返して完成。

~その後の手入れ~

【乾燥】

(14) 使用後は風通しのいいところで乾燥させる。汗や湿気でグラブが重くなることを防ぐ。練習から帰宅後すぐにカバンから取り出し、シャワーや食事後に手入れするイメージ。ドライヤーなどの熱風を使うのは避けた方がいい。

【グラブ磨き】

(15) 専用のクリーナー、グラブワックス、タオルを準備する。

(16) まずはクリーナーで汚れを落とす。クリーナーは少量で汚れている部分を力強くこする。汚れが布に付着するので布のきれいなところを使いながら全体を手入れする。ポイントは汚れをこすり落とすこと。

(17) ワックスで保革する。力強くクリーナーでこすった部分がかさつくため、潤いを与える。クリーナーよりもさらに少量を手に取り、ハンドクリームを塗るように全体に塗り込み完了。

【保管方法】

(18) しっかり(16)~(17)で汚れを落とした後は、棚の上などに「平置き」で保管するのがベスト。ボールなどを巻いておくより形崩れが防げる。長期保管する場合、湿気の多い場所に置いておくと、半年でカビが生えることもあるので要注意。

(19) 使用してなくても定期的に磨き、カビの発生やほこりがたまるのを防ぐ。何よりもグラブを触れば野球がやりたくなる!

 

◆久保田運動具店 創業者の久保田信一さんが1936年(昭11)5月、野球に対する思いと、当時関西在住の野球人の推薦により大阪・曽根崎に開店。自身の野球経験を生かしながら、さまざまなオーダーに取り組み「KUBOTA SLUGGER」を築き上げた。現在も楽天浅村、DeNA大和らとアドバイザリー契約を結ぶ。

 

◆山田佑紀(やまだ・ゆうき)1987年(昭62)10月13日、千葉・八街市生まれ。千葉英和高から八戸大(現八戸学院大)を経て、10年入社。八戸大の1学年後輩にレッズ秋山、楽天塩見。巨人、アマチュアなどを担当。

 

◆松山英則(まつやま・ひでのり)1981年(昭56)5月5日、静岡・静岡市生まれ。静岡高から早大を経て04年入社。静岡高時代は3年時に元巨人高木康成らと春夏甲子園に出場。早大ではロッテ鳥谷と同期。西武担当歴17年。