中日与田剛監督が母の日の思い出を語った。母敦子さんは17年10月に他界。「父の闘病が長く、母1人で子ども3人を育ててくれた。毎年母の日にはカーネーションを渡していました」と振り返った。
現役時代はナゴヤ球場へ試合観戦にも来てくれただけに「監督になった姿は見せられなかったが、優勝報告を早くしたい」と話した。
吉見(左)と談笑する与田監督
中日与田剛監督が母の日の思い出を語った。母敦子さんは17年10月に他界。「父の闘病が長く、母1人で子ども3人を育ててくれた。毎年母の日にはカーネーションを渡していました」と振り返った。
現役時代はナゴヤ球場へ試合観戦にも来てくれただけに「監督になった姿は見せられなかったが、優勝報告を早くしたい」と話した。