盗塁阻止を表す新しい指数を作れ/里崎智也

19年バッテリー別盗塁阻止率と「里崎指数」

<深掘り。>

無尽蔵にアイデアがわき出る男、日刊スポーツ評論家の里崎智也氏(43)。またの名を特命記者里崎-。ネガティブな空気が漂う時ほど、その感性は研ぎ澄まされる。今回は盗塁阻止に隠された秘密をあぶり出し、中年遊軍記者に披露。特命記者の仮説がさえ渡る。【取材・構成=井上真、データ=多田周平】

特命記者・里崎(以下特命) 以前からおかしいなと思ってたんですよ。そもそも盗塁っていうのは、投手と捕手の共同作業で阻止するものなんですから。

中年記者(以下中年) いきなりですか! 特命記者は春のキャンプ以来の登場ですが、相変わらずはつらつとしてますね。夏の甲子園開催が厳しくなるなど、依然として世の中はコロナ禍による深刻なニュースが多いですが、そのバイタリティーはどこから?

特命 深刻さはよく理解しています。でも、いずれ開幕するシーズンに向けて考えることはいくらでもあります。日程、健康管理、ファンの安全確保、大切なことはあります。その上で野球評論家はまず、野球をがっつり論じないと。

特命記者にスイッチが入ってしまった。もう、逃れることはできない。

特命 今は幅広い視野からの考え方を読んでもらう時代です。そこは分かってますね?

中年 もちろんです。

ネットには野球の情報もあふれている。データばかりか、多種多様な分析もすぐにのぞける。もはやステレオタイプで無難な評論は通用しない。

特命 幸か不幸か、しっかり考える時間が私たちには与えられました。それを有効に使わない手はないですよね?

中年 当然ですよ。

特命 何か考えたんですか?

また、むちゃぶりだ。無策と言えば責められ、知ったかぶりはどツボにはまる…。前門の虎、後門のオオカミだ。

特命 いいでしょう。私から聞きます。最強バッテリーとは、どう考えますか?

中年 (答えやすそうな質問にニンマリ)勝てるバッテリーです!

特命 では、盗塁についてはどうですか?

中年 盗塁を防ぐのは捕手ですから、盗塁阻止率が目安になりますよね。

特命 なるほど。そういう答えですね。

完全な上から目線の口ぶり。いや~な感じ。まずい予感しかしない…。

特命 ここに19年シーズンのデータがあります。(※19年の表参照)

並んだ数字の洪水に目がくらむ。しかし、特命記者の目は輝く。不気味だ。

特命 こういうの見るの好きです。現役時代は契約更改の前に自分なりにデータをそろえてました。データは客観的な事実として武器です。

バッテリーのデータが並ぶ。盗塁企図数、許盗塁、盗塁刺、阻止率。右端に投球イニングを盗塁企図数で割った数字が異彩を放つ。

特命 上から2番目、広島九里-会沢のバッテリーは、イニング115回で盗塁企図2で、許盗塁2。会沢の盗塁阻止率は0割。対してオリックス山岡-若月は120回1/3で12企図、許盗塁5、盗塁刺7。阻止率は5割8分3厘。これをどう評価しますか。

中年 どちらも120イニング前後ですね。明らかな差は阻止率ですね。会沢は0割、若月は6割弱。若月の方が、よく盗塁を刺し、投手を助けています。

特命 盗塁阻止率に重点を置いた評価なら、当然そうなります。では、お伺いしますが、右端の数字、1盗塁企図に要したイニング数を見て何か感じませんか?

九里-会沢のバッテリーは57・50イニングに1盗塁企図。対する山岡-若月バッテリーは10・03イニングに1盗塁企図。

中年 こんなに違うんですか。九里-会沢は、山岡-若月の約6倍じゃないですか。57イニングって完投を前提としたら6試合以上。6試合で1盗塁企図! すごい!

特命 企図数が少ないことは阻止率よりも大切だということです。相手に盗塁を狙おうという意欲を起こさせない、言い換えればスキがない。そういうことです。

特命記者のみなぎるエネルギーがピークに。背中からメラメラと炎が見える。

特命 いかに企図させないかなんですよ。データには「盗塁を企図させない」という項目はありません。表面には出てこない事実です。そこに価値を見いだしてこそ、仮説が成り立つのです。このデータが示しているように、投手が質の高いクイックができるか、けん制を含めた走者への警戒が十分に相手チームに伝わっているか。そのケアができる投手は、走者に盗塁を企図させない、ってことなんです。つまり山岡-若月で考えれば、若月の盗塁阻止率は6割近いですが、それでも5盗塁を許している。たいして九里-会沢では、会沢は阻止率0割なのに、許した盗塁は2個。どちらが相手チームにとって脅威か、よく理解してもらえると思います。

中年 勉強になります! この1盗塁企図に要するイニング数は画期的ですね。名前はありますか?

特命 ありませんね。企図に着眼して考え始めましたが、イニングを企図数で割って導いたこの数字は、データ班が編み出したものですから。呼び方は決めて下さい。

中年 それなら、里崎指数にしましょうよ(すかさずこびを売る!)

特命 安直なネーミングですね。確かに短い方が分かりやすいですから、恥ずかしいですが、それでいきましょう。では、もう少し詳しく見てみましょう。投手がクイックやけん制でどれだけ走者を走らせにくくさせているか。同時に、クイックは打者のタイミングを狂わせますし、重要な高等技術です。それが記録に表れない部分で、どれだけ盗塁阻止に貢献しているか考えてみましょう。

中年 はい、先生!

特命 非常に分かりやすいデータが出ています。広島会沢は、19年に床田と組み里崎指数は69・83。自分で里崎指数と呼ぶのもどうかと思いますが…。18年は九里と組み53・17、大瀬良と組み29・42。いずれも非常に高い数値です。そして18年。野村と組み8・47です。詳しく見ると101回2/3で12企図(許盗塁9、盗塁刺3)されています。つまり、同じ会沢でも、投手によって違いが出てくるということ。

中年 捕手の力量だけでなく、投手の力量が重要という論理が成立しますね。

特命 捕手が二塁に送球するタイムも重要な要素です。ただし、順序で言えば、まず投手が走者にスキを与えないことが先です。投手の責任はとても大きい。なのに盗塁された場面の映像では、捕手がアップで抜かれることが多々ありました。あたかも、捕手の責任だけが問われているようで、それが以前から納得できなかったんです。そうじゃないでしょ? と。もちろん、捕手も懸命に送球しますが、完璧に(投球)モーションを盗まれていたら、いくら素早く正確に送球しても無理です。

中年 今まで知ろうとしなかったことが見えてきました。ここから得られる知見は何ですか? 教授!

特命 ここ数年のデータを見ると、広島がクイック、けん制を徹底し、それに順応できた投手が会沢とのバッテリーで安定して成績を残してきたと言えます。コーチの指導の成果なのか、投手のタイプを考慮しながら意識付けしてきた会沢のコミュニケーション能力のたまものか。そこはさらに取材しないといけませんが、データは雄弁に物語っています。ただし、広島にもクイックなどにまだ上達の余地を残す投手もいます。そこもしっかり見ていきます。

中年 以前から感じていたモヤモヤを、データを基に証明してスッキリですね? おっ、近年の捕手の日本一達成シーズンのデータも興味深いですね。

93年のヤクルト古田は里崎指数26・11を残した。

中年 ほとんどの投手と組み、シーズンを通してこれだけの数字というのは、チームとして徹底できたということですね。そして、マスター里崎も05年に19・50という優秀な数字を残しているじゃないですか?(最後のよいしょ)

特命 気付いてくれました? 試合数、守備イニングが少ないんですが健闘してますよね。でも、これが言いたかったわけじゃないですからね、念のため!

  ◇   ◇   ◇  

リーグ3連覇(16~18年)の陰に、走らせない技術あり-。広島会沢は、今回の表にまとめられた盗塁企図数に驚きの表情を見せながらも、理由を問われると「言えないです。企業秘密です」と明言を避けた。

それでもしつこく聞かれると、間接的な要因から口にした。「もともと(床田らは)クイックも速い投手なので走りにくいんだと思いますよ。うちの(得点力の高い)打線のことを考えて、『1点勝負ではない』と考えているのかもしれない」。

もちろん、それらもあるだろうが、明確な理由もあるはず。投手とのコミュニケーションを大事にするタイプだけに、そこにヒントが隠されていそうだ。「(裏付けは)一応ありますよ。走者だけでなく、打者目線とか…、ここまでしか言えません。あまり走者ばかりに気を取られてはいけない、ということです。(投手には)常々『間合いは変えなさい』とは言っています」。強打の捕手と知られる会沢だが、侍ジャパンの正捕手候補にまで上り詰めた“捕手力”も、かなり高そうだ。

◆直近の里崎指数 広島バッテリーの充実ぶりが突出している。19年は床田-会沢が1位(69・83)、九里-会沢が2位(57・50)、大瀬良-会沢が6位(17・33)。18年は九里-会沢が1位(53・17)、大瀬良-会沢が2位(29・42)、さらに17年も薮田-会沢が1位(58・17)。ここ3年は広島が上位を独占している。