「真の盗塁王」とは?里崎智也が新機軸を提示

左から、(表A)特命記者里崎氏が考える盗塁追加ポイント、19年セ盗塁上位選手のポイント数、19年パ盗塁上位選手のポイント数

<深掘り。>

開幕したら水を得た魚のようだ。特命記者里崎智也氏(44)の頭脳はスパコン「富岳」ばりに超高速で回転する。今回は、盗塁に着眼してはじき出した新機軸を提示。かたや、昨春に久しぶりのキャンプ取材で放浪した井上真記者(55)は、2000年以来のペナントレースに完全な浦島太郎状態。里崎氏の新たな評価基準の真意も理解できず、ただオロオロするばかり…。

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特命記者・里崎 野球はデータに真実が隠されているスポーツです。そこにどれだけ情熱を持って向き合うか。データから読み取る力がメディアには求められています。

盤石の切り口だ。浦島太郎の放浪記者は静かに次の言葉を待つ。

里崎 今季は盗塁に注目します。盗塁を深く考え、勝利に貢献する盗塁と、そうではない盗塁を見極め、真の盗塁王を追求します。

放浪 お言葉を返すようですが、盗塁王というタイトルが定着しています。盗塁数がすべて。これ以外の評価基準って何ですか?

里崎 成功数を比べるという定義があるから、みんなその固定観念に縛られてきただけではないですか? 新しい定義に消極的では進歩はないと思いますよ。

放浪 そうですね。定義に頼り切って何の疑問もなく盗塁の数だけを見てました。それは事実です。それを踏まえても、新しい定義づくりは難しそうですね。

里崎 まず、やってみないと。やる前から困難ばかりにとらわれてどうするんですか!

なるほど、確かに理にかなった定義づけができれば、真の盗塁王について考えることもできる。新しい評価基準は野球ファン、読者へ、切り口の提供になる。

里崎 つまり、盗塁に違いを出すんです。1つの盗塁も状況によって価値は変わります。これまでは成功数という単一の見方でしたが、そこにポイント制を導入してみましょう。

放浪 ポイント制? 面白そうですね。

里崎 最も分かりやすい例を挙げます。大原則として成功は+1、失敗は-1。これならまず、ポイントに盗塁成功率も反映されますね。

「真の盗塁王」を探すプロジェクトが動きだした。日刊スポーツデータ班と里崎氏はアイデアを出し合い項目を厳選していく。

ここで放浪記者からいくつか質問が飛ぶ(表Aを参照)。

◆表A(3)(4) 1点差以内ならば成功+2、失敗-1。2点差は成功+1、失敗-1、2点差以上負けでの失敗は-2

放浪 ん? 2点差以上負けで失敗-2なら、1点差負けの失敗も-2では?

里崎 いいえ、1点差負けの失敗は-1です。

放浪 なぜですか? むしろ、1点差負けでの盗塁死は、同点の走者を失うのですから、マイナスは大きくなるべきでは?

里崎 珍しくいい質問ですね。確かに同点の走者がいなくなるのは痛いですが、点差は1。ソロ本塁打で追いつけます。しかし、2点差負けでの失敗は、ソロ本塁打が出ても追いつけません。1人の打者の頑張りで挽回できるか、できないか。ここが大事です。2点差で走者を失っては、打者1人ではどうすることもできない。だから、絶対にアウトはダメなんです。

放浪 ……。(納得の沈黙)

里崎 そういう疑問があった方が、いろんな人に理解してもらえるから、どんどん反論してください。異論反論大歓迎です。

◆表A(5) 三盗、本盗成功は+1、三盗失敗は-1。走者一、二塁での2死からの重盗は三盗に+2、重盗での二盗は、アウトカウントに関係なく加算なし。2死での単独での三盗成功は加算なしで、失敗は-2

放浪 あの~う、2死で単独の三盗成功はなんで加算なしですか? あっ、これは反論ではなく質問です!

里崎 2死二塁も2死三塁も、単打で得点可能という点で大差がないからです。

放浪 でも、2死二塁では暴投、捕逸で一気に生還は難しいですが、2死三塁なら暴投、捕逸で即得点ですよ。(ちょっと勇気が出てきて質問調から反論モードに切り替える)

里崎 100%成功できる自信があるのなら、三盗を狙ってもいいと思います。でも考えてみてください。三盗に成功して暴投、捕逸で得点できるメリットと、万が一でも三盗に失敗するデメリットを比較するなら、デメリットの方が大きいと考えるべきですね。三盗を狙う足があるのなら、単打で本塁を狙えますし、外野が二走の足を警戒して前進守備を敷けば、それで打者のヒットゾーンが広がりメリットも増えます。

流れるような理詰めのトーク。鮮やかなクロスカウンターに放浪記者は白目ひんむいて倒れそう。そんな敗者に目もくれず、枠組み完成へ里崎氏は先を急ぐ。

◆表A【注1】 スタメンと代走は分けて考える

放浪 昨年のソフトバンク周東は成功+1の7回以降に18回成功(失敗5)です。この出色の数字でも、別に考えるんですか?(もう、捨て身の質問だ)

里崎 これもいいポイントですね。説明します。重要なのは自分で塁に出る力があるか、ないか。つまりレギュラーか、代走か。ここは分けて考えるべきですね。やっぱり先発で出場した打席で、しかも試合終盤の出塁に価値がありますから。もちろん、代走もスペシャリストとして評価されているのですが、本当に力があればレギュラーになっていると考えるべき。代走は別で集計しましょう。

放浪 ……。(終了)

どう定義づけするか。最初は戸惑いがあったが、項目を絞り込むうちに考慮すべきケースは限定的と気付く。盗塁の価値はこうした定義に基づけば、かなり具体的に評価できる。「真の盗塁王」の姿が見えてきた。

里崎 さあ、これで枠組みが決まりましたね。この基準にのっとってポイントを加減すると、いかに信頼できる盗塁をしたかが浮き彫りになってきます。「真の盗塁王」を考え、その先に見えてきたのは、チームの勝利に貢献する盗塁、言い換えれば信頼できる盗塁となります。「信頼できる盗塁」の意味を込め「信の盗塁王」と名付けましょう。

放浪 「信の盗塁王」と「真の盗塁王」、既存の「盗塁王」はどんな関係になりますか?

里崎 既存の「盗塁王」に、新評価基準によるポイントを合算したのが「真の盗塁王」となります。そして、ポイントのみに着目しトップを獲得した選手が「信の盗塁王」です。点差、状況に応じた価値ある盗塁の証左になります。このポイント制を導入して、今季の盗塁王を考えます。では、昨年のデータを基に「真の盗塁王」「信の盗塁王」を割り出しましょう。

里崎 パ・リーグは盗塁王の金子侑(西武)がポイントも39でトップ。41盗塁に39を合算した総合80で「真の盗塁王」。さらに39ポイントも最多で「信の盗塁王」としても、リーグ優勝に貢献しています。一方、セは新評価基準によりひとつの現象が見えました。盗塁王は36個の近本(阪神)でしたが、ポイントは13で総合49。一方、山田哲(ヤクルト)は盗塁33でポイント41の総合74。逆転現象です。

放浪 要因は?

里崎 近本の盗塁死15(山田哲は3)が響きました。

放浪 セの盗塁王は近本でしたが、「真の盗塁王」「信の盗塁王」は山田哲ということですか?

里崎 1つの盗塁に価値を見いだそうという趣旨で始めた検証です。ここで感じるべきは、西武金子侑は質、量ともにマックスで、チームはリーグ優勝。つまり、勝利に結び付く、信頼できる盗塁王と言えます。翻って、セでは新人だった近本が奮闘し、阪神もクライマックス・シリーズに進出しています。一方でポイントを加味すると山田哲が逆転しましたが、チームは最下位でした。これは、山田哲の質のいい盗塁が、効果的に勝利につながらなかったチームの課題を示す、と考えるべきですね。挑戦者らしく果敢に走った近本は、状況判断力を磨き、球界を代表する選手に成長してほしいです。

放浪 盗塁は成功か失敗か。そこから視野が一気に広がりました。

里崎 データに基づいて仮説を立て、検証したり分析するのは我々の役目です。最後に、野球は投手が投球動作に入ることで試合が動きます。ただし、走者がいる時だけ、走者と投手との駆け引きが出発点になります。走者がスタートを切るか、投手がけん制やクイックで阻止するか。盗塁を巡って、試合はグッと緊張感が高まります。そんなスリリングな場面の主役である盗塁を、ファンの皆さんもいろんな見方で観戦してください。楽しみ方はいろいろあることを、今回の新評価基準でぜひ知ってほしいですね。

【データ担当=伊藤友一・多田周平、構成=井上真】

◆セ・リーグは 盗塁王の近本は3位に下がり、山田哲が1位に。山田哲は33盗塁のうち、2点差以内で27個(1点差以内で20個)と接戦で大きく加点。近本は盗塁死15が大きく、特に11個が1点差以内と、減点が目立った。近本を抑えて2位に入ったのは大島。2点差以内で山田哲と並ぶ27個に加え、7回以降にも7個。加算だけなら「+53」も、失敗の差で1位には届かず。勝利に貢献する「信の盗塁王」をあぶり出すものだったが上位2人は5、6位の球団の選手だった。

◆パ・リーグは 盗塁王の金子侑が追加ポイントでもトップ。2点差以内で29個と接戦でポイントを稼ぎ、41盗塁と合わせて両リーグ通じての「真の盗塁王」に。金子侑にポイントで迫ったのは荻野。接戦に加え、終盤でもポイントを稼ぎ、加算だけなら金子侑の「+60」を上回る「+61」。しかし2度のけん制死(1度は二塁のため-3)など減点が響いた。代走部門トップは代走で15盗塁した周東。代走を除いても10回走って失敗0で、ポイントではリーグ7位タイだった。