勝利の方程式「JFK」形成/藤川球児の歩み

05年8月の横浜戦、JFKトリオとして初めて3人揃ってお立ち台からあいさつする(左から)ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之

さらば、火の玉ストレート-。阪神藤川球児投手(40)が、今季限りでユニホームを脱ぐことを決めた。8月31日、球団が発表した。開幕から守護神を務めたが、コンディション不良に苦しんだ。ここまで11試合で1勝3敗2セーブ、防御率7・20。現在は2軍調整中で、日米通算250セーブまで残り5と迫っている中での決断となった。引退会見は1日に兵庫・西宮市内で行われる。

<藤川球児の歩み>

◆1980年

7月21日 父が草野球でノーヒットノーラン達成の翌日に生まれたことから「球児」と名付けられる

◆1993年

4月 高知市立城北中学校入学。同学年に広末涼子

◆1997年

8月 高知商2年の夏、兄・順一との兄弟バッテリーで甲子園出場

◆1998年

11月20日 ドラフト会議で阪神から1位指名を受ける。背番号30

◆2000年

3月31日 横浜戦でプロ2年目の初登板を果たす

◆2001年

12月17日 背番号を名前の「球児」にかけた92に変更

◆2002年

9月11日 ヤクルト戦で涙のプロ初勝利

◆2003年

9月15日 チームは18年ぶりのリーグ優勝も、自身は不完全燃焼「ふがいなく悔しい」

◆2004年

5月以降 肩の故障もあって山口高志2軍投手コーチからアドバイスを受けフォーム改造。岡田監督と、高校の先輩でもある中西1軍投手コーチの助言で中継ぎに転向

シーズン後半 1軍に定着。31回を投げて35奪三振。背番号22へ

◆2005年

開幕後 ウィリアムス、久保田とともに勝利の方程式「JFK」形成

9月9日 広島戦でプロ初セーブ

9月29日 リーグ優勝を決めた巨人戦で、当時のシーズン最多登板記録を更新する79試合目の登板(最終80試合)。53HPで初タイトルとなる最優秀中継ぎ投手

◆2006年

2~3月 第1回WBC代表。第2ラウンド米国戦でA・ロッドにサヨナラ適時打を許し敗戦投手

7月4日 横浜戦で35試合連続無失点、日本記録更新(最終38試合)

7月11日 広島戦で連続イニング無失点を47回2/3として、小山正明の球団記録(47回)を更新

7月21日 球宴第1戦で全球ストレート予告。1回もバットに当てさせず空振り三振、続く小笠原も全て直球で空振り三振に打ち取る

7月23日 同第2戦では清原と対決。全て直球で空振り三振に取り、清原は「火の玉やった」とコメント

◆2007年

8~9月 8月30日広島戦からセ・リーグタイ記録の10試合連続登板。チームは10連勝

10月3日 ヤクルト戦で日本記録(05年の中日岩瀬仁紀と並ぶ)46セーブを挙げ、初の最多セーブ

◆2008年

7~8月 北京五輪の野球日本代表に選出。準決勝韓国戦で7回から登板したが同点打を浴びる

9月25日 横浜戦で通算100セーブ

10月 CSファーストステージで中日に敗れ、岡田監督の花道を飾れず

12月16日 阪神生え抜き選手で最高の年俸4億円で契約更改。20代投手として球界初の大台

◆2009年

2~3月 第2回WBCで4試合に登板し防御率0・00

9月11日 3年連続20セーブ達成

◆2010年

4月13日 巨人戦で山本和行を上回る球団最多の通算131セーブ

9月5日 広島戦で通算150セーブ

◆2011年

8月25日 巨人戦で通算100ホールド達成。プロ野球史上初の100ホールド&100セーブ

10月24日 チーム最終戦の広島戦で41セーブ目を挙げて、2度目の最多セーブ投手が確定

◆2012年

4月11日 広島戦で通算200セーブを達成

11月8日 海外FA権行使を表明

12月6日 シカゴ・カブスと基本合意を発表。背番号11

◆2013年

4月1日 パイレーツ戦でメジャー初登板初セーブ

4月12日 ジャイアンツ戦でメジャー初勝利

4月13日 右前腕部の張りで故障者リスト入り

5月10日 戦列復帰するも26日に右前腕部の張りを再発させ降板

6月11日 トミー・ジョン手術を受けたことが発表される

◆2014年

3月30日 開幕ベンチ入り25人から外れ15日間の故障者リスト入り

5月3日 60日間の故障者リストへ移行

8月6日 故障者リストから復帰登板し、1回無失点

12月16日 オフにテキサス・レンジャーズと契約。背番号21

◆2015年

5月22日 不振のため自由契約

6月8日 四国IL・高知入団を会見で発表。登板ごとに契約を結ぶ形で、無報酬。背番号は11

8月7日 愛媛戦で初勝利

11月14日 阪神と契約合意。2年契約で、年俸総額は推定4億円

11月24日 球団と正式契約を結ぶ。背番号18

◆2016年

3月27日 NPB復帰後初登板

4月3日 DeNA戦に先発、NPB復帰後初勝利。NPBでは4580日ぶりの先発勝利

5月中旬 救援再転向

5月18日 中日戦でNPBでは12年9月15日巨人戦以来のセーブ

7月26日 ヤクルト戦で大引から日米通算1000奪三振

◆2017年

4月6日 背番号22に戻しセットアッパーとして開幕を迎え、ヤクルト戦の救援登板で勝利。NPB通算HPを155とし、ウィリアムスの球団記録を更新

5月30日 NPB通算1000奪三振。所要771回2/3で、野茂英雄の最速記録(871回)を上回る

◆2018年

6月16日 楽天戦で2年ぶりセーブ

7月21日 救援登板では球団史上初のNPB通算1000奪三振

9月4日 広島戦で球団史上最多の通算701試合登板を達成

◆2019年

5月8日 ヤクルト戦で、球団記録となる通算142ホールド。セーブ、HPと合わせ救援3部門で球団歴代単独トップに立つ

6月11日 ソフトバンク戦で史上7人目の通算150ホールド達成、NPB初の150セーブ&150ホールド

8月 24日ヤクルト戦でNPB通算234セーブとして現役最多のサファテ(ソフトバンク)に並び、31日巨人戦で通算235セーブとして現役単独最多に躍り出る

◆2020年

6月27日 DeNA戦で今季初セーブ

8月13日 右上肢コンディション不良で出場選手登録抹消。7月に続いて2度目の2軍調整に入った