田沢の米挑戦表明にNPBは…/ドラフト回顧録10

記者会見でメジャー挑戦を表明する新日本石油ENEOS・田沢純一(中央)、左は山縣由起夫野球部長、右は大久保秀昭監督(2008年9月11日撮影)

<ドラフト回顧録10>

26日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<08年9月12日付、日刊スポーツ紙面掲載>

最速156キロ右腕、新日本石油ENEOS・田沢純一投手(22=横浜商大高)が11日、都内で会見を行い、メジャー挑戦する意向を表明した。日本のドラフト1巡目候補が、ドラフト前に直接米国球界入りを決断するのは史上初。レッドソックス、カブスなど米国の複数球団が田沢獲得に興味を示している。米国側と交渉解禁になるのは日本選手権2次予選が終了する10月11日以降で、契約は日本選手権(11月13日~11日間、京セラドーム大阪)終了後、可能になる。今秋のドラフトで日本球団から指名されても、指名球団との交渉期限が切れる来年1月31日以降にメジャー球団入りする不退転の決意を固めた。

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田沢が、真っすぐ前を向き、口を開いた。「自分の進路について、アメリカの方で挑戦してみたい気持ちが強いので今日発表しました」。公の場で初めてメジャー挑戦の思いを語った。

なぜ日本ではなく、米国なのか。「(昨年11月の)W杯の日本代表の時、外国人選手との対戦を経験した。アメリカに挑戦しても、おもしろいんじゃないかと思って決意しました」。1月にメジャー挑戦を選択肢としてとらえ始め、大久保秀昭監督(39)、コーチ、両親と話し合いを続けた。最終決断は、都市対抗開幕直前の8月中旬だった。

田沢には昨年11月のW杯以降、メジャー球団のスカウトが本格的な興味を示した。大久保監督は「少なくても5球団以上来ている」と話す。レッドソックス、カブス、マリナーズ、ブレーブス、ドジャースなどが実際にオープン戦や練習でグラウンドを訪れた。都市対抗はヤンキース、ジャイアンツ、タイガースなどのスカウトも視察。レッドソックスは3月の社会人野球東京大会から視察し、熱意は高い。田沢は希望球団は「(気持ちの)整理がついてないので、まだ分からない」と話すにとどめた。

この日の午前中、日本のプロ全12球団の社長あてに、今ドラフトでの指名回避をお願いする旨のファックスを送信した。大久保監督は「日本の球団に失礼がないよう、ドラフト戦略にも影響がないように、なるべく早く発表したかった」と気遣った。日本のプロ球団が反発する声は耳に届いている。「彼本人は純粋な気持ちで挑戦したいと思っているので、ご理解いただきたい」とした。代理人は現在いない。交渉解禁後、必要と判断すれば契約する。

日本野球連盟・鈴木副会長は「メジャーも実績がないアマチュア選手に高い契約金は出さない。契約もマイナーからだろう」と見通しを語った。すべてを覚悟の上で、決断した。「不安はあるけどチャレンジしたい。どこまで力を伸ばせるか試してみたい」。会見中、何度も「チャレンジ」の言葉を繰り返した。野茂氏が初めて海を渡った95年、9歳だった野球少年が、新たな挑戦に歩みを進める。

<田沢の一問一答>

田沢の会見にはテレビ全局を含む7台のテレビカメラ、新聞、雑誌など約80人の報道陣が集まった。

-メジャーの印象は

田沢 世界で一番強いリーグだと思う。

-昔からメジャーリーグに興味があったのか

田沢 社会人になってから。寮のテレビでよく見るようになった。

-米国で目標とする投手は

田沢 特にいません。そういう(活躍する)人たちに追い付きたい。

-通用する自信は

田沢 不安は多いけど、試してみたい。自信はわからない。

-今回の決断に、日本では希望球団が選べないことは関係しているか

田沢 特にそれはない。

-日本球界を経験してから挑戦という考えは

田沢 日本のプロに行っても、そのまま終わってしまうこともある。向こうは厳しいと思うけど、そこで学べたらいい。

-将来日本球界に復帰する考えは

田沢 それはまだ考えていない。まずは全力でチャレンジしたい。

〇…日本球団が田沢を強行指名しても、田沢側は対策を練っている。指名球団との交渉期限が切れる来年1月31日までは、野球部に所属させ、解除された時点で退部届を出してメジャー球団と交渉する考えだ。大久保監督は「今後NPBに行く選手に迷惑は掛けたくない。もうENEOSの選手は取らないと言われたくない」と誠心誠意訴える考えだ。田沢は日本球団が指名する可能性について「まだ考えたことないので、分からない」と話した。

〇…田沢のメジャー挑戦表明を受けて、社会人野球を統括する日本野球連盟・鈴木義信副会長(64)が、今後の交渉過程を説明した。田沢がメジャー球団と交渉解禁になるのは、日本選手権関東2次予選(10月6日~5日間、大田球場など)以降になり、最短で10月11日。ただ都市対抗で優勝したため、チームは10月8~22日までブラジル遠征し、田沢も帯同する。ブラジルでの交渉も可能だが、本格交渉は帰国後になる可能性が高い。本契約は日本選手権終了以降、田沢の選手登録抹消後から可能になる。

鈴木副会長は「本来は日本のプロ野球を経てからアメリカに行って欲しい」と見解を示す。ただ今後連盟として海外挑戦者への規制をかけることは職業選択の自由を奪うことになり「人権侵害になる」ため、不可能だ。ルール上問題がない以上、極論的には「日本のプロ野球がアマチュア選手が入りたいと思う夢の舞台であってほしい」となる。

そのため、プロ側には紳士協定ではないルール作りを求める。「NPBとMLBがしっかりとした不可侵なものを作ってほしい。日本の上位指名候補は接触しないとか、プロ同士で決めてほしい」と話した。

▽全日本大学野球連盟・内藤雅之事務局長「日本のドラフト会議後に海外に行くのは本人の自由であり、それを規制できないが、それ以前に海外のプロ野球チームと契約等をするのは、国内のドラフト会議を尊重するべきであり、好ましくない。NPBと外国プロ野球組織の間で紳士協定ではなく、しっかりとしたルールを作っていただきたい」

日本プロ野球組織(NPB)側は11日、田沢の大リーグ挑戦表明に強い遺憾の意を表明した。都内で緊急の12球団代表者会議を行い、終了後に「田沢選手とアマチュア選手獲得ルールについて」と題した声明文を発表。「今回、MLBの一部の球団によって、これまでの慣行が破られようとしているのは誠に遺憾である」と異議を唱えた。

現在、大リーグ球団が日本のアマ選手と交渉する場合について特段の制限はなく、日米球界間に「互いのドラフトを尊重する」という紳士協定があるにすぎない。だが声明では「これまで日本のドラフトルールに反してMLB球団と契約を交わした例はなく、この事実こそが紳士協定を超えて、事実上暗黙のルールとして働いてきたことを証明している」と強調した。

NPBは11日朝にMLBに連絡を取り、長谷川コミッショナー事務局長らがWBC会議出席のため渡米中の16日に、今回の件について日米間で協議することで合意した。また12球団でMLBスカウトの事前接触の制約などルールづくりの必要性を確認し、委員会の設置と19日に第1回会合を行うことを決めた。

また声明には、従来の有望アマ選手と同じく田沢を今秋のドラフト指名対象とする姿勢を盛り込んだ。社会人選手はプロ志望届の提出が義務づけられていないため指名も可能。横浜山中専務は「(指名しないでくれと言われても)はい分かりましたというわけにはいかない。必要な選手と考えれば指名する」と話し、日本ハム島田チーム統轄本部長も「うちはどこに行くと言っても指名する球団だから」と強行指名の可能性を否定しなかった。

長谷川事務局長は「本人の気持ちは十分尊重したいが、これまで日本の優秀なアマ選手は日本のプロ野球を経て、ルールにのっとってメジャーに挑戦してきた。やはり日本の優秀な人材はまず日本のプロ野球に入って欲しいという基本的な考え方は、わが日本プロ野球として何も変わっていません」と語った。

〇…ロッテ・バレンタイン監督は日本球界の先行きを心配した。「彼を指名するチャンスがないのは大変残念だ」と前置きした上で、「もし日本の野球界がビジネスサイドも、選手の環境も整備されていれば、逆にアメリカの有望な選手を獲得できる。(環境整備が)出来ないならば、日本人選手はより良い環境を求めて出ていくのは仕方ない」と話した。かねて収益分配やファームシステムの拡大を提言してきたが、全く受け入れられない球界の現状に「もう少し耳を傾けてくれればこういうことは起きなかったと思う。リーダーシップをとる人に責任があるのでは」と皮肉を込めた。 〇…田沢の1巡目指名を目指していた横浜村上チーム運営部門統括は「非常に優秀で、うちにとっては地元出身の選手。1巡目指名の候補として検討していただけに残念です」と語った。今後の対応については「佐々木社長と検討します」。また、アマ選手のメジャー流出を懸念し「田沢投手の決断が、他のアマ選手にどんな影響を及ぼすかなどスカウトと検証したい。ルール作りも必要ではないかと思う」などと話していた。

▽NPB加藤良三コミッショナー(田沢の海外挑戦に)「日本の野球はもちろん、野球全体が発展していくことが大事。16日にニューヨークで会合があるので、どういう意見交換をするのかをまず見たい。花を見つけてごっそり取っていこうということは好ましくない、という認識は日米でお互い共通していると推察します。永久な枠組みはない。状況によりアジャストしていかないといけない」

▽ヤクルト宮本「日本プロ野球にとっては大ピンチだと思う。自由競争もいいんだけど、球団経営が苦しくなるところも出てきたり、いろいろ立場もあるので。違反をしているわけではないので、田沢1人を悪者にしてはいけない。ルールを整えていかないといけないが、選手の権利もあるし、NPBに属していない選手のことなので(選手会長の立場としては)何も言えない。いい選手だから日本でやってもらいたい」

▽ヤクルト倉島専務「田沢投手は、うちも高い評価をしている選手。今はFAやポスティングもあるのでね。球団としては、アマチュア3団体と話し合いをしていきたいと思っています」

▽ソフトバンク王監督「どんどん出て行っちゃ困るよね。選手の気持ちとしてより高いところを望むというのはある。日本で頑張って、ある程度、力を蓄えて、ステップとして出てるわけだから。それが今回みたいになると、こちらでプレーすることはなく、日本のファンにも見てもらえない。本当は自分の力はこの程度、と分かって行く方が本人のためになると思うが」

▽中日西川球団社長「ルールがない限り経済原理からいって(人材流出は)しようがない。どう対応するかを早急に決めなきゃいけない。実行委員会で話をしていくべき問題。来年以降どうするか」

 

※記録と表記などは当時のもの