<F背番号歴史館>
チームの顔ともいえる背番号1。歴史を振り返ると、不思議なことに守備の名手が目立つ。日本ハム初年度の74年に付けていたのが、前身の東映時代から二塁や遊撃で活躍した大下剛史。隠し球の名人として知られ「忍者」の異名も。引退後に鎌ケ谷「勇翔寮」で寮長を務め、ダルビッシュ(カブス)らの育成に関わった菅野光夫(75~85年)も、その1人だ。
東京時代の“ガッツマン”広瀬哲朗(86~98年)は、サービス精神旺盛でパフォーマンスでもファンを獲得。バラエティー番組などに出演し、野球ファン以外にも広く知られた。これは、北海道移転後、伝説となった背番号1の新庄剛志(04~06年)、森本稀哲(07~10年)に通じている。13年からは陽岱鋼(巨人)が引き継ぎ、中心選手として活躍。斎藤佑樹(17年~)は、投手で初めて同番号を背負っている。