巨人坂本は天才じゃない「打撃神髄」にゴジラと秋山

16年7月30日ヤクルト戦での打撃フォーム

<深掘り>

8日のヤクルト24回戦(東京ドーム)で史上53人目、右打者では史上最年少の通算2000安打を達成した巨人坂本勇人内野手(31)は、16年シーズンを境に大きな進化を遂げた。キャンプで元ヤンキースの松井秀喜氏から新感覚の理論を吸収。開幕前、高校の恩師で明秀学園日立・金沢成奉監督、西武秋山(現レッズ)らと訪れた鉄板焼き店で交わした「打撃論」が転機だった。16年以降、打球方向にも大きな変化が表れ、打率も急上昇。右打者では史上最年少となる偉業達成の進化の“キセキ”を深掘りする。

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16年の開幕前、坂本は近代スイングの礎となる「打撃の神髄」に出会った。西武秋山(現レッズ)、明秀学園日立・金沢監督、八戸大監督時代に秋山を指導した藤木コーチの4人が都内の鉄板焼き店に集結。金沢監督は光星学院(現八戸学院光星)時代の恩師で、食事するのは高校卒業後初めてだった。

「勇人、今のバッティング、どう思ってるんや?」。金沢監督の言葉に、坂本は一瞬、ドキッとした。続けざまに「秋山、勇人に言うたってくれ」と畳み掛けられた。突然の指名に恐縮しながら、前年、シーズン最多安打記録の216安打を達成した秋山の言葉に耳を傾けた。「意識してるのはボールの内側を打つ、それと(ボールの軌道の)ラインに入れる。イメージはアッパー気味です」

約2カ月前、坂本は春季キャンプの臨時コーチで訪れた球団OBで元ヤンキースの松井秀喜氏から、体重の割合を「軸足となる右足に9、左足に1」と助言され、新たな感覚が芽生えた。秋山の理論にも、うなずきながら「やってみます」と言った。

1年目から順調にステップを踏んだが、13年から打率は.265→.279→.269、本塁打も12→16→12と伸び悩んだ。「何か変えないと。でも、変えて結果が良くなるんかな…」。勝利が求められる巨人で13、14年はリーグ制覇。チームが勝てばそれで良かったが、15年のV逸が大改革への扉だった。

天才のイメージを持たれるが、打撃フォームは試行錯誤の末に作り上げた。代名詞の内角打ちもプロ入り後に習得。高校時代はインパクト時に左脇が空きすぎるクセからボールに差し込まれ、どちらかと言えば苦手なコースだった。

「今のままなら、しんどいぞ」。プロ入りを決断した高3の9月、金沢監督の助言で打撃フォームの改造を決意した。1年前の春にも少し左脇を締めるフォームを試したが、大スランプで断念。だが、今でも金沢監督に「僕は1回も、うまいとか思ったことないです。今でもそれは変わりません」と言い切る男は一心不乱にバットを振って、弱点を長所へと変えた。

フォームは試行錯誤しながら、貫く思考は単純明快だった。「内角の球をフェアゾーンに打ち返すには、どういう打ち方をすればいいか」。普通の思考なら、ヒットを打つ方法を考えるが、フェアゾーンに飛ばなければ可能性はゼロ。最低限のレベルから逆算し、曲芸を身に付けた。

16年に自身初の首位打者を獲得しても、左足の上げ方やバットの握りなどを微妙に変化させながら、技術は今も進化する。16年のシーズン後、金沢監督から「全部、松井さんのおかげや言うてるけど、オレもやないかい」と言われ、笑顔で返した。「監督じゃ、真実味がないじゃないですか」。31歳10カ月。最強を追い求める日々はこれからも続いていく。【久保賢吾】