05年、ロッテ無傷4連勝で31年ぶり日本一/復刻

日刊スポーツ東京版(2005年10月27日付)

<ロッテ-西武>◇8日◇ZOZOマリン

最終盤のビッグゲーム。ロッテは勝てば2位が確定し、16年以来のクライマックス・シリーズ出場が決まる。引き分け、負けだと行方は9日の最終戦に持ち越しとなる。

シーズンが煮詰まる秋に強さを発揮するロッテ。15年前の歓喜を復刻する。(所属、年齢など当時)

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<日本シリーズ:阪神2-3ロッテ>◇2005年10月26日◇甲子園

31年ぶり日本一のドアを、力強く開けた。ボビー・バレンタイン監督(55)率いるロッテが、阪神を3-2で下し、無傷の4連勝で31年ぶり3度目の頂点に立った。MVPに輝いた今江をはじめ若手がのびのびとプレーし、シリーズ3号の先制2ランを放った李ら外国人勢が勝負強さを発揮。今シリーズ初めて接戦となったが、1点差で振り切った。バレンタイン監督は前回指揮から昨季9年ぶりに復帰し、今季が2年目。これまでの常識を覆す独特の起用法を貫き、圧倒的な強さを見せつけて、外国人監督として初の栄冠を手にした。

踊るように、飛び上がりながら、バレンタイン監督が三塁ベンチを飛び出した。小林雅が空振り三振を奪うと、マウンド上にできた黒いユニホームの固まりは、勢いで一塁方向に流れた。誰彼構わず抱き合うと、二塁付近で日本一の胴上げだ。「伝統ある野球の聖地。優勝を決めるのにふさわしい場所」とたたえた甲子園の夜空に、リーグ制覇と同じく3度、舞った。慣れない前回とは違い、両腕を突き上げながら満喫した。自ら考えた今季のチームスローガン「BUILDING OUR DREAM!(夢をみんなで!)」をその手につかみ取った。目が潤んでいた。

バレンタイン監督 スバラシイ、イチバン、スバラシイデスネ。1時間、空中に浮いている感覚だった。グレートな、グレートな、グレートな年になった。息子が生まれた時ぐらい、幸せでいっぱいだ。この日を、これからずっとかみしめて生きていきたい。

4戦すべて1度もリードを許さなかった。10-1、10-0、10-1、そして3-2。競っても強かった。「まさにマリーンズらしさが最後に出た」。若手とベテラン、そして「ボビー・ファミリー」と呼ばれる外国人選手たちの力が結集され、かみ合った。

2回にフランコが二塁打で口火を切り、李が右翼へ先制2ラン。右翼フランコは3回にスライディングキャッチの美技だ。投げてはセラフィニが好投。監督独自のルートもあり獲得した外国人勢が、期待にこたえた。さらに次代を担う今江、西岡の好守もあり4併殺。自慢の救援陣も危機を抑えた。

バレンタイン監督は31年ぶり日本一をもたらすとともに、日本球界に新しい風を送り続けた。「毎日同じメンバーだったら誰が監督をやってもいい」という考えから貫く日替わり打順に象徴される、采配面だけではない。

昨年、ロッテ復帰と時を同じくして球界再編騒動が起こった。改革にも声を大にした。「若手でもう1つチームをつくればいい。12球団でリーグをつくり、スポンサーを募って冠をつけてはどうか。若手育成へ、活性化が必要だ」と唱えた。また、この日は世界大会について「代表チームでなく真の世界一決定戦を行うべき。1年を戦い抜いたチームが対戦すべきだ」と持論を語った。

頭脳も体もアグレッシブだ。以前にも増して野球を楽しみ、日本の生活に溶け込んだ。交流戦中、名古屋では愛知万博、金沢では兼六園などを訪れ「日本文化に触発された」。教本「ステップ・アップ・ジャパニーズ」で語学も上達、日本語でゲキを飛ばし続けた。

はしも器用に操り、すしの中でもウニが大好物。本拠地ばかりか、遠征先にも自分のマウンテンバイクを送って走り回った。いいものは日米関係なく吸収する。78年のメッツ時代にミズノ社の名人、坪田信義氏が作成したグラブを使用。今年もつくってもらい、千葉マリンの監督室に大切に保管している。95年来日時に「1000本ノック」という日本流の練習に驚き戸惑った監督は今、自然体で日本のいいところ、受け入れられないところを分け、生かしている。

表彰式後、グラウンドでメアリー夫人からほおに祝福のキスを受けると表情を緩めた。次は11月、アジアシリーズに臨む。「世界中どのチームとも渡り合える力がある。今すぐ空港へ行って、真のワールドシリーズが戦える場所へ向かいたいぐらいだ」。この日がピークじゃない、ボビー・ロッテは世界一チームを目指していく。【栗原弘明】