「やっぱり縦じまなんだって」/藤川球児語録

02年9月11日、ヤクルト戦でプロ初勝利を挙げ感極まる藤川

<阪神0-4巨人>◇10日◇甲子園

さらば、火の玉ストレート-。阪神藤川球児投手(40)が10日の巨人戦(甲子園)で引退試合に臨んだ。今季最多2万1392人の観衆が待ち受ける中、9回に登板。巨人の代打坂本から三振を奪うなど12球の直球勝負で1イニングを3者凡退に抑えた。藤川は日刊スポーツに直筆メッセージを寄せ、ファンに感謝の気持ちを表した。日米通算245セーブを記録した右腕が、タテジマに別れを告げた。

<プロ生活22年振り返る 球児語録>

▼00年 20歳 開幕1軍に抜てきされ、3月31日横浜戦でプロ初登板「0点に抑えることができて、ホッとしてます」

▼02年 22歳 9月11日ヤクルト戦で、この年9度目の先発。8回1安打1失点に抑えたプロ初勝利に涙「長かった…」

▼03年 23歳 9月15日、18年ぶりのリーグ優勝も、自身は不完全燃焼「悔しいけど胴上げに参加できてよかった」

▼04年 24歳 シーズン後半1軍に定着し、31回を投げて35奪三振。契約交渉を終え「何としても日本一。中継ぎの軸としてやりたい」

▼05年 25歳 6月25日、「チ○ポコついてんのか」発言後では清原と初の対戦。149キロ直球で空振り三振に仕留め「清原さんのおかげで吹っ切れて、真っすぐで押せるようになった」

▼セットアッパーに定着し、ウィリアムス、久保田とともに「JFK」を形成。ファン投票で中継ぎ投手部門1位に選ばれ球宴初出場が決まり「用紙に名前が載ったのがうれしくて、記念に家に持ち帰ったんですけど。まさかこういうことになるとは思っていなかったので、幸せです」

▼9月23日に49ホールドポイント(HP)として初タイトルの最優秀中継ぎ投手が確定(最終53HP)。同28日に優勝マジック1としてファンへ「涙の準備はできています。みなさんよろしいでしょうか」

▼06年 26歳 7月11日広島戦で連続イニング無失点を47回2/3として、小山正明の球団記録(47回)を更新し「(記録の存在が)すごく力になりました。夢の中みたいです」

▼7月21日、球宴第1戦で、カブレラへの投球前にボールの握りを見せつけ、全球ストレートを予告「パフォーマンス? いまいち。外国人やったんで、怒るかなと思って…」

▼07年 27歳 10月3日、チーム最終戦のヤクルト戦で日本タイ記録(05年の中日岩瀬と並ぶ)となる46セーブ目を挙げ、初の最多セーブ投手「記録にはこだわっていなかった。状態がよければ、またいつでも作れるものだから」

▼08年 28歳 10月、CSファーストステージで中日と対戦。第3戦の9回、ウッズに2ランを許して敗退が決定し、退任する岡田監督の花道を飾れず「監督に申し訳ないです。最後、とてつもなく迷惑をかけてしまった」

▼09年 29歳 第2回WBCに、2大会連続出場。1次、2次予選の4試合に登板して防御率0・00。準決勝と決勝ではダルビッシュが抑えを務め、登板なし「野球は1人でやるものではないし、全員でやれたのでよかった」

▼12年 32歳 オフに海外FA権を行使。シカゴ・カブスと2年契約を結んで、入団会見でユニホームに袖を通し「やっぱり縦じまなんだって。少しの安心と自信が湧いた」

▼15年 35歳 11月24日、阪神球団と正式に復帰契約を結ぶ。2年契約で年俸総額は推定4億円、背番号18「全身全霊で、グラウンドでいつ倒れてもいい覚悟でやれると思うとうれしく思う」

▼16年 36歳 4月3日、DeNA戦に先発し、復帰後初勝利。NPBでは03年9月19日の巨人戦以来の先発勝利「(金本)監督に勝利をプレゼントできてホッとしてます」

▼17年 37歳 5月30日、ロッテ戦で角中から三振を奪ってNPB通算1000奪三振。771回2/3で、野茂の最速記録(871回)を上回る「ファンの方が三振に関心を持ってくれていた時期も。それをモチベーションに」

▼20年 40歳 9月1日の引退会見で、どのように矢野監督に伝えたのかと問われ「矢野監督には伝えてないです、矢野さんに伝えました」