<復刻あの年の虎キャンプ:75年2月5日>
左足甲の故障のため調整が遅れていた田淵幸一捕手が、ティー打撃を開始した。甲子園球場の室内練習場で、山本コーチを相手に1人黙々とバットを振った。
グラウンドではフリー打撃が始まったが、田淵はこの日が初めてのティー打撃。300グラムの重い球を100球など計150球を一気に打ち終えた。田淵は「まず、下半身を固めてからと思っていたから、きょうまでバットを振らなかったんです。みなさん外で打ち始めたようですが、この分だとすぐに追いつけます」と話した。
王(巨人)に挑むため「昨年は右(方向)の本塁打はたしか8本くらい。これを増やすことが王さんとの距離を埋める」と右翼へのアーチ増を意識。実際は74年は右への本塁打は4本だったが、75年は中堅から右へ5発。本数は前年の45本から43本に減ったものの、王の14年連続本塁打王を阻止、初のホームランキングに輝いた。