金メダル稲葉監督、黒星が成功体験 4番誠也貫くリスク管理/インタビュー

侍ジャパンを振り返る稲葉監督(撮影・山崎安昭)

侍ジャパンに金メダルの思考法あり-。東京オリンピック(五輪)で悲願の金メダルに導いた稲葉篤紀監督(49)がインタビューに応じた。24人の侍はチームの勝利へ自己犠牲をいとわず、時には一国一城のあるじのように自ら決断を下してプレーを重ねた。従来にはないリーダーなき軍団を、絶妙なバランスで調和を図った。就任4年の末に日本球界の夢を遂げた指揮官が振り返る。【取材・構成=広重竜太郎】

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人々の記憶には、あまり残っていないだろう。ただ2年前に喫した1つの敗戦が、稲葉監督にとって金メダルへの最大の“成功体験”だった。19年10月31日。プレミア12を控えた強化試合カナダ戦だった。

「2回に6点を取られたが、取れるところで1点ずつコツコツと返した。結局、5-6で負けたが接戦に持ち込めた。首脳陣の中でこういう野球をやっていこうというのができた。プレミア12も逆転勝ちが(7勝中3勝と)多かった」

4年で36試合を戦い、計6敗。最もプライスレスな黒星だった。五輪開幕戦のドミニカ共和国戦で継投ミスから、敗色濃厚となった。だが9回1死から2点ビハインドを大逆転。ターニングポイントになった。

「負けていてもひっくり返せるチャンスがある。19年から考えると、そういうものがチームの中で出てきた。投手は代わったが、野手はプレミア12で戦ったメンバーが多かった。ドミニカ共和国戦の逆転で今回も何が起こるか分からない気持ちになったと思う」

重圧から解放されたわけではない。だが五輪の魔物のかたわらで、選手は自ら行動に移し始めた。決勝トーナメント初戦の米国戦。延長10回1死二、三塁。ネクストから打席に向かう甲斐に声を掛けられた。

「金子ヘッドと『いろんな作戦ができる。打たせようか? 内野5人になって難しい』と言っている間に拓也(甲斐)が『打っていいですか?』と言うので『打っていいよ!』と。こっちの踏ん切りもついた」

首脳陣が選手に背中を押される。好調坂本が自ら犠打を進言する。決勝米国戦で8回に初めて今五輪で打席が回ってきた源田は自らセーフティーバントを仕掛ける。今までの日本代表で、ここまで要所で選手主導でベンチを動かすのは、見られない姿だった。

「壮亮(源田)も1打席しかなくて打ちたいところを、アウトにはなったがセーフティーをした。勝つために何をしなければいけないかと本当に分かってくれていたメンバーだった」

就任以来、キャプテンを置かなかった、リーダーなきチームの適応力は高かったが、稲葉監督も変化をいとわなかった。今大会はほぼオーダーを固定したが、当初は違った。合宿を右脇腹痛で出遅れた柳田。「本当は1番に置きたかった。2番は勇人(坂本)で構想はずっとしていた」。すぐに1番山田にかじを切った。

「哲人(山田)と勇人が調子良かった。2人が機能したからギータ(柳田)が6番で自由に。これがハマった。柳田が1番なら山田がスタメンではなかった? それもある。ケガの功名じゃないが。それに浅村、ギータが出たらキク(菊池涼)がバントできる。勝負強い村上がいて、その後ろに拓也がいる。そういう打順がうまく出来上がった」

一方で4番鈴木誠は不振でも最後まで貫いた。プレミア12でMVPに輝いた主砲には大会直後から一貫して4番継続を掲げてきた。だが6月下旬の視察時に一転。「誠也1人に4番という責任ではなく、チームで戦う」。それでも五輪では打線全体の巡りが良かったのもあるが不動だった。

打順変更を示唆したのは、重圧を軽減させるためで、実際は変えるつもりがなかったのでは-。後日談となる問いに、笑いながら、うなずいた。

「それもありましたよ。誠也も本当に4番で打たせるのがいいのか3番、5番でリラックスしながら打たせてあげたほうが調子が上がるのか。いろんなことを考えながらやったけど、やっぱり4番は誠也だなと」

したたかにリスク管理を取りながら、軸となる考えは内に秘めていた。だが指揮官の策士ぶりを越えたのは鈴木誠自身だった。

「調子が悪かったら普通、打順は回ってくるなと、僕はずっと思っていた。でも誠也が強いのは『調子が悪いからどんどん回ってこい』と本人が言っていて。すごいなと感心した。4番は間違っていなかった」

金メダルの先に野球人口の回復を夢見る。24年パリ五輪では実施種目から外れ、再び難しい立ち位置に返る。だが侍ジャパンの示した軌跡、思考には野球の奥深さが凝縮されていると確信する。

「こういう経験も踏まえて、野球の面白さであったり難しさであったり、野球を通じてどういうことを学んでいけるか。選手には力があるので、どんどん発信して欲しい」

<日本の東京五輪VTR>

▼対ドミニカ共和国(1次リーグ) 日本が逆転サヨナラ勝ちで白星発進。先発山本は6回無失点。2番手青柳が2点を先制されるなど1-3で迎えた9回裏、村上の適時安打と甲斐のスクイズで追いつき、なおも1死満塁から坂本が中越えにサヨナラ打。

▼対メキシコ(1次リーグ) 2連勝で1次リーグA組を1位突破。3回に浅村の投ゴロの間に勝ち越し、4回に山田の3ラン、7回に坂本のソロで加点した。森下が5回2失点、伊藤は2回無失点。

▼対米国(準々決勝) 9回に柳田の二ゴロで6-6の同点に追いつき、タイブレーク制の延長10回表、栗林が無失点リリーフ。その裏、1死二、三塁から甲斐が右越えにサヨナラ打。

▼対韓国(準決勝) 2-2の8回2死満塁から、山田が左越えに走者一掃の二塁打。7回以降は伊藤が2回、栗林が1回を無失点に抑えるルーキーリレーで締めた。

▼対米国(決勝) 3回に21歳村上の本塁打で先制。8回にも失策絡みで加点し、森下-千賀-伊藤-岩崎-栗林が完封リレー。

◆稲葉篤紀(いなば・あつのり) 1972年(昭47)8月3日、愛知県生まれ。中京(現中京大中京)-法大を経て94年ドラフト3位でヤクルト入団。04年オフに日本ハム移籍。通算2167安打。08年北京五輪、09、13年WBC出場。14年引退。17年7月日本代表監督就任。左投げ左打ち。