栗山ジャパンのキーワードは「先入観なし」だ。昨季まで10年間、日本ハムを率い、新たに侍ジャパン日本代表の監督に就任した栗山英樹監督(60)が新年のインタビューに応じ、これからの代表選考について語った。23年3月に開催が見込まれる第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で3大会ぶりの世界一を目指す。勝てるチーム結成のためには、アマチュア選手招集の可能性も排除しない考えを示した。
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WBCを、どういうメンバーで戦うか? 栗山監督は「1人で2つの役割ができる選手が集まる方が(チームの)幅は広がるかな。ただ、特別にスピードのある選手は必要だと思う」と答えた。エンゼルス大谷翔平を含め個人名は挙げないが、28枚しかないカードを有効に使い、勝てるチームをつくる。そのためにも、2月に12球団全てのキャンプを回る。状況さえ許せば、アメリカでプレーする選手も見に行く。さらに…。
「もしかしたら、アマチュアの選手の中にも何か可能性がある選手がいるかもしれない。それぐらい間口を広げて、選手を真っ平らに見る」
かつて日本代表トップチームといえば、アマチュアの最高峰だった。00年のシドニー五輪をプロアマ混合で戦ったのを転換点に、今やプロのみで編成するのが当たり前となっている。
「選手を先入観なく見なければいけない。絶対的に勝つ可能性があるのであれば、その選手が、どうしても必要であれば、当然そのぐらいのこと(アマチュア選手招集)も考えます」
日本ハム時代、周囲に左右されることなく、二刀流やオープナーを進めた指揮官に迷いはない。29歳で現役引退後、約20年にわたりキャスターとしてプロアマ広く関わった。既に間口は広い。ならば…。
「おお、いいですね。麟太郎君!」
視線の先には花巻東(岩手)・佐々木麟太郎内野手(1年)の写真があった。昨年11月20日の明治神宮大会開幕試合、国学院久我山戦で高校通算48号を放ったときのもの。1回裏の第1打席、最初のスイングで右翼席へ先制ソロを放ったのは、実際にスタンドで見届けた。
「僕は『物語』という表現をよくするんだけど、人が何かするってことは、野球に限らず物語が存在していると思っている。(日本ハム)監督が終わって初めて見に行こうと思った試合で、いきなりホームラン。もう間違いない縁なんで」
大谷翔平もそう。キャスター時代、花巻東でのプレーを生で見ていた。そして、今回は佐々木。実は…。
「麟太郎君も中学の時の映像を見てて。スカウトに『中学で指名して、うち(日本ハム)から学校に行くのはないかな』って言った」
あくまで「冗談ぽくです」と付け加えたが、「言ったのは事実。それぐらいのスイングの速さだった」。ただ、さすがに…。
「現実には考えないようにした方がいいかな」
現役高校生の代表招集案は却下した。それでも…。
「現実的に無理かも知れないけど、無理だったら余計やってみたくなるのも、ちょっとはある。本当に必要ならね」
いたずらっぽく「本当に」を強調した。目指すは、日本代表が勝つこと。佐々木ありきでもなければ、高校生だからなし、でもない。どこまでも「真っ平らに」選手を見ていく。
「女子野球も含めて、とにかく現場に足を運ぶ。高校生だろうと、いい選手はいいと評価できる状況に自分がないと、選手選考を間違ってしまう」
全ては現場から。12月の都市対抗決勝も足を運んだ。カテゴリーの枠を超え自ら見ることで、代表選考に欠かせない「目」を養う。
侍監督として迎えた22年の文字に「備」としたためた。
「『備え』ですね。生涯あの1年間ぐらい、準備した1年間はなかったとなるぐらい全力を尽くしたい」
あえて、まだ選手の映像は見ていないという。「最初から先入観を入れたくない」。パ・リーグは熟知する。今は吉村コーチ、清水コーチらセ・リーグ経験が長い人たちの話を「先入観ゼロで」聞き、イメージを高めている。その先は…。
「最後は自分がどう感じられるか。ぎりぎりまで、こういう感じと思わずに」
虚心坦懐(たんかい)、世界一奪還の「物語」を描ける侍たちを選び抜く。【古川真弥】
◆今後の侍ジャパン 栗山監督の初陣として、3月5、6日に台湾との強化試合(東京ドーム)が組まれている。WBCが見込み通り23年3月に開かれる場合、残る強化試合は22年秋と23年春にそれぞれ2試合ずつとみられ、本番までは計6試合となる。
◆栗山英樹(くりやま・ひでき)1961年(昭36)4月26日、東京都生まれ。創価高-東京学芸大。83年ドラフト外でヤクルト入団。プロ1年目の秋にスイッチヒッターに転向し3年目に打率3割をマーク。89年に外野手でゴールデングラブ賞獲得。通算成績は494試合、1204打数336安打、7本塁打、67打点、打率2割7分9厘。90年に引退後はスポーツキャスター、大学教授などを務め、11年11月に日本ハム監督就任。12年にリーグ優勝、16年に日本一。日本ハム監督としての通算成績は1410試合684勝672敗54分け、勝率5割4厘。22年は日本ハムに新設された「プロフェッサー」も務める。