【巨人】19年ドラ1堀田賢慎、苦難乗り越えプロ1勝「これから結果を」雨の神宮で伝説スタート

ヤクルト対巨人 プロ初勝利を挙げた堀田は記念球を手に笑顔でポーズ(撮影・河田真司)

<ヤクルト3-6巨人>◇31日◇神宮

巨人の将来のエース候補がデビュー戦で初勝利を手にした。堀田賢慎投手(20)がヤクルト戦でプロ初登板初先発。昨季の日本一チームを相手に4つの併殺打を奪うなど、粘り強い投球で6回5安打無失点で、カード3連勝に貢献した。プロ入り直後に右肘のトミー・ジョン手術を受けるなど苦難の野球人生を歩んできた19年ドラフト1位が、プロ3年目にして確かな第1歩を刻んだ。

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堀田が右拳をグッと握ってほえた。「よっしゃ!」。3点リードの6回2死一、三塁。「緊張して胸がドキドキ」だった1回の自分はもういない。ヤクルト山田をチェンジアップで空振り三振に仕留め、この日一番のヤマ場を無失点で越えた。「気持ちが入った部分だった」。走者を背負っては4度の併殺と押し寄せるピンチの芽を摘みまくり、6回無失点で後を託した。

いくつもの壁をぶち破ってきた。青森山田時代、県内のライバル八戸学院光星に何度もやられた。2年時は春夏秋と3季連続コールド負け。2年秋は5回17失点、3回に打者2巡で13失点という悪夢を味わった。「マジで終わらなくて。打たれて打たれて打たれて…。悔しいとかを通り越していた。衝撃的だった」。味方の失策も重なっていた。「捕れたじゃん」。17歳は、他人のせいにした。

数カ月後の2年冬。落ち着きを取り戻し、気付いた。「単なる力不足。打たれないように抑えればいい」。ダメな自分を初めて受け入れられた。自然と意識も変化。故郷・岩手の両親に頼む仕送りの中身が、大好きな「蒲焼きさん太郎」などの菓子や炭酸ジュースから、プロテインと体作り用の餅になった。

入団直後も壁にぶつかった。1年半に及ぶトミー・ジョン手術からのリハビリ。5、6回と繰り返される痛みの波を耐え切った。21年からは育成選手契約に。期待を背負ったドラ1右腕だけに、同学年のロッテ佐々木朗、ヤクルト奥川らと比較された。SNSでの批判も目に入った。「覚悟はしてました。でも仕方ないものは仕方ない。やれることをやるだけ」と受け入れ、しっかりと乗り越えた。

入団時は「32」の背番号は3年間で「032」をへて「91」と巡った。家族や友人、同僚、トレーナーらに支えられて、やっとウイニングボールをつかんだ。「勝ちでスタートを切れたのは良かったけど、これから結果を残していかないと。勉強しながら頑張っていきたい」。さらなる高みを見据え、雨の神宮で堀田伝説をスタートさせた。【小早川宗一郎】

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◆堀田賢慎(ほった・けんしん)2001年(平13)5月21日、岩手県花巻市生まれ。花巻北中時代は花巻リトルシニアに所属。青森山田では2年秋から主力。甲子園出場なし。19年ドラフト1位で巨人入団。20年4月に右肘靱帯(じんたい)再建術を受け、オフに育成契約。21年8月に実戦復帰。今年3月11日に支配下選手契約。186センチ、85キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸580万円。

▽巨人原監督(堀田について)「ツキもあったようにも見えるし、粘り強く放ったというところが勝ちに結び付いたのかな。反省するところはあるでしょうけれども今日は勝ち星がついたところと0点で抑えたところが彼にとってもチームにとっても非常に大きなこと。彼の場合20年ぐらい現役続くだろうから、かなり厳しい(日々を過ごして)今日まで来たのは、ステップ材料にしてもらいたいね」

▽巨人大城(堀田のリードについて)「ストレートを軸に組み立てていきました。初登板でしたし、コースや際を狙い過ぎないように、大胆にいきながら粘りのピッチングができるようにと考えて、その通りのピッチングをしてくれました」