ジェット風船、今季はNG!?…東大医科学研究所付属病院長・四柳教授に聞く「コロナとスポーツ」

コロナとスポーツについて語る東大・四柳宏教授(撮影・滝沢美穂子)

<寺尾が迫る>

ジェット風船、今季はNG!? 日刊スポーツ名物編集委員・寺尾博和のインタビュー企画「寺尾が迫る」は、東京大学医科学研究所付属病院病院長・感染免疫内科教授の四柳(よつやなぎ)宏氏に「コロナとスポーツ」をテーマに話を聞きました。感染症の権威は、今シーズンの応援スタイルについて「ジェット風船」「マスクを外した声援」はNGと指摘。コロナ禍収束まで、各チームに「コロナ担当」を設置する案に意見を述べるなど、医学的見地から多角的に語りました。

    ◇    ◇    ◇

-3年ぶりに人数制限を全面緩和して開幕したプロ野球、Jリーグだが、ゴールデンウイークの集客力をみていると「大丈夫か?」と思ってしまいました

四柳氏 これまで国はプロ野球、Jリーグでも屋外に観客を入れて実証実験をしてきました。少なくとも観客席でマスクを着用した実験では、呼気中の二酸化炭素濃度はそれほど高くないことが分かっています。むしろ球場トイレなど人が密集する屋内施設で高くなりやすい。Jリーグでも観客席においては高くなりにくいだろうということが公表されています。そういう意味ではきちっとマスクを着用し、大声を出さない状況で観戦をしていただければ屋外での感染はリスクが少ない。ある程度の距離を保っていただくのは必要ですが、国の決まりに従って観客を入れていただくのは問題がないと理解しています。

-複数球団で感染例があったが、大規模クラスターは見受けられません

四柳氏 例えば3月の大相撲大阪場所前には多くの力士が感染しましたが、その原因の1つとして支度部屋での接触が疑われています。大勢の力士の集まる支度部屋はクラスターの発生する原因として注意してはいたのですが、感染対策を徹底することは難しかったのだと思います。プロ野球、Jリーグでもロッカールームは怖いですね。また相撲部屋はかねてから言われている通り力士が大部屋で生活し、稽古で体をぶつけ合って、食事も一緒という状況で閉鎖空間に持ち込んでしまうと、どうしても感染拡大しやすい。集団生活における住環境がネックです。

-団体スポーツでは感染リスクは大きいということですね

四柳氏 外出することで感染をしてくることも大きな問題です。換気の悪い場所で長時間にわたって食事することなどがハイリスクになります。

-今はどの団体でもガイドラインを作成しています

四柳氏 相撲協会にもガイドラインがあります。基本的に外食の際は、親方にどこに誰と行くかの報告が義務付けられています。食事の際は十分な換気の確保がされている場所を選んで、黙食をして帰ってきてくださいというお願いをしています。感染者が出た場合、今はなかなかその足どりを追うのが困難になっています。しかし、集団生活をしている場合はクラスターを作らないためにもできるだけ足どりを追った方が良いと思っています。

-オミクロン株の感染力の強さ、株の置き換わりもあって、一定の感染者がでてくることは予想されます

四柳氏 新型コロナウイルス感染自体は人と人の近い距離での接触が原因で起こっています。特に飲食の際には、口あるいは鼻からたくさんの水蒸気がでてくるので、小さな水滴の中に鼻や口についたウイルスが入って感染する場合があります。接触の時間が長い家庭内、会食などがその場です。感染初期にはウイルスは鼻・喉にたくさんついていますが症状がありません。こうした方が球場でマスクを外して大声で応援すれば周囲の人が感染することがあり得ます。

-どういう状況が想定されますか

四柳氏 飲食の際にマスクが外れる、口あるいは鼻からたくさんの水蒸気がでてくるので、小さな水滴の中にウイルスが入って感染する場合があります。食事の席では自分たちが感染してない場合も周辺のお客さまが感染している場合もあり得ます。それぞれが距離をとり、隣り、向かい側に飛沫(ひまつ)が飛んでいかないようにパーテーションを置いていただくだけでも飛沫は少なくなる。もう1つは時間の問題で、会食の時間が長くなるほど感染する確率は上がります。仮にマスクをして会話をしても、換気の悪いところではゼロリスクとはいきません。基本的に手洗い、マスク、黙食は当然のこととして、あとは距離をできるだけ保っていただき、比較的換気の良い場所を選んで、滞在時間をあまり長くしないでいただくのがポイントだと思いますね。

-今は濃厚接触者の特定が難しい

四柳氏 なかなか濃厚接触者を追えなくなっている状況で、どのように行動するかは難しいです。食事に関しては今お話しした通りですが、対面で人と話した場合のリスクを知ることも大切です。理化学研究所が人工知能(AI)を使ったシミュレーションとして、お互いが対面で15分間話したときの感染確率を調べたとき60パーセントという高い数字がでています。

-コロナ収束まで各球団、クラブに「コロナ担当」を配置してはどうですか

四柳氏 仮に相撲部屋で感染の事例があったときは、親方とマネジャーが中心となって状況を把握し、相撲協会の指示に従って対応します。専門家の助言を仰がないと的確な行動、対応がとりにくい。プロ野球、Jリーグも、いざ何かが起きたとき、あるいはちょっと困ったときに問い合わせのできるアドバイザーのような方がいらっしゃったほうがいいと思いますね。

-観客の管理についてですが、ジェット風船を上げることの是非は?

四柳氏 プロ野球、Jリーグも、観客、選手の安全性を第一に考えて、ある程度余裕をとった方針を立てることになると思います。ジェット風船は、みなさんがフーッと息を吹き込んで飛ばすわけですから、呼気自体が非常に強い圧力のもといっぺんにだされることになります。しかもどこに飛んでいくかわからない。何万人という観客がいらっしゃると、むしろその中に感染者がいないと考えるほうが不自然です。ジェット風船を飛ばすと、ウイルスの入った空気を顔に受ける人がいると考えなければいけません。少なくとも呼気を入れて飛ばすというのは今年は無理ではないかなと思います。

-観客の方もつい声が出てしまいがちです

四柳氏 球場に入られる方が自分の行動をどの程度的確に制限していただけるかだが、何万人いらっしゃるとそれを一律に強要することはなかなか難しい。ではルール違反をしたら出て行ってくださいと言えるかというと言えないと思います。わたしの考えですが、どうしても少し強めのルールを作って、そのルールを守ってくださいというふうに申し上げるしかないでしょうね。おそらく他の感染症の専門家もそういったことを考えていると思います。

-コロナ前の応援スタイルに戻るのはまだ遠い?

四柳氏 コロナウイルスそのものは消えないと思いますが、病原性が少しずつ低下してインフルエンザのように早期に診断して治療できる病気になっていくことが期待されます。そうした時代になれば、ハイタッチをしたり、抱き合ったりそういったことを、マスクを外してできるようになることもあるかと思います。でもこちらからいいですよと申し上げるのは、まだ先ではないかなと思いますね。

-一部を除いてコロナ前のように球場が満員にならないのは、家族が子供たちを連れて行くのをはばかるという心理が働いているようです

四柳氏 徐々に世の中の様子をみながら考えていくしかないだろうというのが答えですね。感染拡大当初にいわれた集団免疫をつけるには70~80パーセントの人が免疫をもっているのが大事だから、それを目標にワクチン接種をするという話もありました。でもアフリカ諸国では昨年11月のシミュレーションで8割近くは感染してしまっているというデータがあります。その状況で収まっているのかというと全然収まってはいない。つまり我々の間では集団免疫の獲得はどんどん変異をしていくこのウイルスに関しては非常に難しいだろうという考えです。ただ、コロナに関しても「検査」と「治療」の体制が確立されれば、お子様を普通に球場、スタジアムにお連れいただけるのではないかと思います。

-集団免疫の獲得でも収束は難しいとなれば、今後のコロナ対策は?

四柳氏 今は体調が悪ければ検査を受けることができ、必要な方には確実に薬を投与できます。例えばインフルエンザの症状があれば医療機関で診断してもらって、陽性であれば薬をもらうことができます。昨年、一昨年は流行がなかったが、その前までは残念ながら高齢者を中心に3000人ぐらいがインフルエンザで亡くなっていたわけです。それでも社会は回っていました。先ほど述べたように「検査」と「治療」の体制が確立されれば、お客さまを普通に球場、スタジアムに入れていただくことが可能だと思います。ただ球場内ではたぶん大声をだす人が必ずいらっしゃるだろうという前提からいうと、マスクを外していただくことはなかなか難しい。

-ちょっと話しは変わりますが、取材する側にもまだ制限がかかった状況です

四柳氏 取材する側が、換気の良い場所で、距離を保って長時間の取材をするのは容易なことではないと思います。ロックダウンした上海が示したように、どんな態勢をとっても新型コロナウイルスの感染を完全には押さえ込めないということが分かってしまった。プロ野球の場合もゼロリスクはないということで、ある程度の感染は仕方がありませんが、それをどのように減らしていくか。重症化した患者をどうやって守っていくかが主体になります。若い元気な選手、記者は重症化リスクが高くないと言えますが、お互い危険性のないように取材をしていくことが大事だと思います。

-対面取材の全面緩和のタイミングは?

四柳氏 今でも対面取材ができないことはありません。窓が開いていて、空気の流れができて、仮にウイルスが口あるいは鼻から出ても、すぐに外にでていくといった条件が整っていれば取材は可能だと思います。

-ぶら下がり取材は?

四柳氏 難しいところですね。選手も試合後で息も上がっているので、取材する側の感染も避けて通れない。十分注意が必要なのではないでしょうか。どうしてもということであれば取材する方が厳重にマスクをするか、お互いに抗原検査をして陰性を確認することも1つの方法かもしれません。

-今後、球場、スタジアムでの感染拡大は考えられますか?

四柳氏 本当のことをいうとわからないというのが実情です。一般の方から「電車内でせき、くしゃみをしたとき、どれくらいのウイルスが入って感染リスクがあるのか?」と聞かれました。今のところエビデンスはまったくない。例えばノドから出てくる唾、たんであれ、液体としてでてくるものが細かな水滴となって飛んでくる液体1 CCにはウイルスの粒子が1000個から1億個ぐらい入っているというデータがあります。お互いが不織布のマスクを着用していても、実験室のネズミを使った検査では、おそらく拡散は10パーセント、20パーセント程度しか下がらない。マスクを外して大声をだすと、かなりの量のウイルスが、その人の1、2メートルの周辺には広がっていくと考えないといけないと思います。

-試合管理する側も神経質にならざるを得ないということですか

四柳氏 大相撲ではきちっと鼻を覆う形でマスクを着用していただくように、何回もアナウンスをかけています。また協会員が客席を回ってマスクを外したり、今はいらっしゃらないが、お酒を飲んだりしている方にはおやめくださいと注意し、それを聞いていただけなければご退場いただくと入場の際にお願いしています。例えばプロ野球でもラッキー7の前にはマスク着用の励行を義務付けるアナウンスを繰り返していただければ多くの方にご協力いただけるのではないでしょうか。

-BA・1からBA・2などに変異するコロナ。プロ野球、Jリーグでは後遺症が明らかになっています

四柳氏 後遺症は重症の方に多いのですが、軽症の方にも強いだるさ、嗅覚や味覚の異常などの後遺症に苦しむ方がおられます。選手のように若い方に見られますので、できるだけ感染しないように適切に行動していただければと思います。ワクチンを打たれた方では後遺症の少ないこともわかっていますので、ワクチン接種を最低でも2回、できれば3回受けていただきたいですね。

-今後、大規模イベントが中断、中止されるときはどのようなケースでしょうか

四柳氏 世の中の状況にもよりますが、日本は東京五輪、パラ五輪を開催したことを通じて多くのノウハウが蓄積されています。アウトドアスポーツに関しては、きちんとマスクを装着し、大声を出さないで応援することを守れば、これからもほとんどストップをかけることはないでしょう。

-すべてにルールを守っていくしかないと

四柳氏 海外スポーツでも選手間に感染はでている報告はありますが、会場でクラスターがでている報告はありません。みなさんには必要なルールはきっちりと守っていただき、スポーツを通じてみなさんのために気持ちを盛り上げていただいて、この危機的な状況を乗り切ろうという力を与えていただければと期待しています。

-「ゼロ・コロナ」が理想的です

四柳氏 我々は感染症の専門家の立場から助言をするわけですが、その一方でこの国の経済がどうなっているか、人々の気持ちがどうなっているのかも気がかりです。人々が家にこもりがちになり、その結果気持ちが沈んだり荒れたりすることは大きな問題だと認識しています。スポーツ観戦はそれを消してくれるもっとも大きな力だと思っています。プロ野球、Jリーグなどのスポーツはルールを守っていれば、選手も観客も感染の危険性は低いと考えています。大きな流行が起き、お客さんが会場に足を運ぶことを怖く感じるような状況にならないよう私たちも協力できればと思います。  (終わり)

◆四柳宏(よつやなぎ・ひろし) 1986年東京大学医学部卒業、感染症(特にウイルス性疾患)・消化器疾患を専門にしている。2016年から現職。