【ドラフト】ヤクルト4位、知内・坂本拓己「島に恩返しを」気弱な少年が努力重ねプロの道へ

ヤクルトから4位指名を受け、ヤクルトを手に笑顔をみせる知内・坂本(撮影・山崎純一)

<プロ野球ドラフト会議>◇20日

北海道・奥尻島出身の最速147キロ左腕、知内・坂本拓己投手(18)が、ヤクルトから4位指名された。

指名を受けた瞬間、坂本が満面の笑みを浮かべた。同校初、奥尻町出身では元阪急、オリックスの佐藤義則氏(68)以来46年ぶりとなるプロ野球選手の誕生となった。「支えてくださった島の方にも恩返しができたらいいな」。部員らに胴上げされた後、さっそくヤクルトを飲み干し「おいしいです」とほおを緩めた。

小太りで気弱な性格だった少年は努力を重ね、プロへの道を切り開いた。奥尻島で生まれ育った。野球を始めたのは小1のとき。所属していたチーム(現奥尻スカイバード)の菊地賢行監督(45)は「ドラフトにかかるような選手になるとは。投球してはノーコン、バント処理もマウンドを降りていって転んでいた」と苦笑いする。試合で先発しても連続四球を重ねて敗れ泣いた。それでも野球を嫌いになることはなかった。

運動能力も高いほうではなかった。中学時代まで長距離走には苦労した。部員の中で最後尾を走るのは当たり前。当時指導した藤沢亮太監督(29)は「いつも私が隣について、背中を押されて走っているような感じでした」。それを高校で克服した。知内のグラウンドでポール間を黙々と走る姿があった。

吉川英昭監督(46)は「いつまでも応援される人でいてほしい」とエールを送った。ヤクルトはベテラン石川ら球界を代表する投手も多い。坂本は「そういう場所で野球ができるのは光栄。まずは1軍で活躍するのが目標なので、先のことを見過ぎずに1つ1つ」。新たな夢に向かって船出する。【山崎純一】

卒業文集の夢 両親に笑顔を

<とっておきメモ>

産声を上げた日から6680日。坂本は両親とともに追いかけてきた夢をかなえた。この日地元奥尻から駆けつけた両親へ「今まで育ててきてもらったので、今日この瞬間を一緒に迎えることができて、これも1つの親孝行になったのかな」と感謝した。

父治広さん(54)、母陽子さん(53)の間に次男として生まれた。「自ら己を切り拓いていってほしい」という願いから拓己と名付けられた。野球を通じて成長していった少年の小学校の卒業文集。将来の夢は「プロ野球選手」とはっきり書かれていた。同文集では両親もメッセージを送っている。「野球を始めて最後までお父さんとお母さんは最高の笑顔と感動をもらったよ。これからもその笑顔で」。

中学卒業後は両親のもとを離れ生活を送った。この日の息子の姿に父は「強くなったと思います」、母は「立派に成長したなと思います。今やっとスタートラインに立ったので、頑張ってもらいたい」と目を潤ませた。

文集で送った20歳の自分へのメッセージ。「ぼくはプロ野球選手になるのが夢なので、なっていればいいと思います。努力をして頑張ってください」。ずっと思い描いてきた未来の扉を、笑顔で開いた。両親への恩返しはここからスタートする。【アマ野球担当・山崎純一】

◆坂本拓己(さかもと・たくみ) 2004年(平16)7月6日、奥尻町生まれ。奥尻青苗小1年の時に青苗スカイバードで野球を始める。奥尻中では軟式でプレー。知内では1年秋から背番号14でベンチ入り。3年夏の南北海道大会では準優勝に貢献。50メートル走5秒9。遠投110メートル。趣味はサイクリング。目標の選手は松井裕樹。好きな食べ物は米。好きな有名人は永野芽郁。家族は両親と兄、姉。血液型A。最速は147キロ。球種はカーブ、スライダー、チェンジアップ。180センチ、85キロ。左投左打。