【野球殿堂】古関裕而氏の「六甲おろし」元は36年作曲、85年の阪神日本一で全国区に

榊原コミッショナー(左)から野球殿堂入り通知書を受け取る、古関さん長男の正裕氏(代表撮影)

球界の功労者をたたえる「2023年野球殿堂入り」が13日、野球殿堂博物館から発表され、89年に80歳で亡くなった作曲家の古関裕而氏が特別表彰された。

幾多の名曲の他、阪神の球団歌「阪神タイガースの歌(通称六甲おろし)」や高校野球でおなじみの「栄冠は君に輝く」、巨人の「闘魂こめて」など野球に関わる楽曲も手がけた。多くの愛された数々の名曲は、後世に歌い継がれる。

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長年にわたり、甲子園で歌い継がれてきた阪神の球団歌「六甲おろし」の生みの親が、特別表彰で野球殿堂入りを果たした。野球殿堂博物館で実施された通知式に出席した古関さんの長男・正裕さん(76)は「全く運動が不得手でしたので…」と明かし、「本人はもう死んでますけど、野球の殿堂入りは、死ぬほどびっくりしているのかな」と思いを代弁し「家族としては非常に名誉あること」と喜んだ。

古関さんは作曲家としてデビューしたころの31年、早大の応援歌「紺碧の空」の作曲を手がけ、同年に日本代表と米大リーグ選抜が試合を行った際の「日米野球行進曲」の作曲を任された。36年にプロ野球が発足し、巨人とともに大阪タイガースが創設された。古関さんが所属していた日本コロムビアの野球部出身で、阪神創設期のエース若林忠志氏の仲介がきっかけといわれており、同年に「六甲おろし」は「大阪タイガースの歌」として誕生した。

61年に球団名が現在の「阪神タイガース」となったことに伴い、歌詞が一部改訂され、「阪神タイガースの歌」、通称「六甲おろし」へと生まれ変わった。年々虎党にも浸透し、85年に球団初の日本一となり、日本中へと広がっていった。全国区となった時に初めて父親が作った曲だということを知ったという正裕さんは、80年以上の時を超えて愛される球団歌について「うれしいときやチームを応援したくなる時に常に浮かんでくる、心の中、記憶に残るメロディーなんだな」と感慨深げだった。

夏の甲子園でおなじみの「栄冠は君に輝く」も、48年に古関さんが生み出した。古関さん自身が無人の甲子園のグラウンドに立ち、投げて打って走る、若者たちの姿と熱戦を思い浮かべた時に、自然とメロディーが湧いてきたものだという。正裕さんは「時間が許す限り現地に赴いて、歌う人たちを思い浮かべて作曲していた。いつもそういう作曲態度でした」と秘話を明かした。

巨人の「闘魂こめて」なども古関作品。野球人、野球ファンの心を打った名曲の数々は、未来永劫(えいごう)歌い継がれていく。【古財稜明】

◆阪神タイガースの歌(通称「六甲おろし」) 佐藤惣之助作詞、古関裕而作曲。全3番。元は「大阪タイガースの歌」で、61年に球団名が阪神に変わり、歌詞が一部改訂され現題名に。「大阪」と韻を踏む「オウオウ……」のフレーズはそのまま残った。阪神が日本一となった85年にはレコードが大ヒットし、40万枚売れたといわれる。