元ヤクルト藤井秀悟氏、独立リーグで監督デビューへ 大学サッカーの名指導者に刺激/対談 

大阪ゼロロクブルズ藤井秀悟監督(右)と大阪国際大サッカー部・長野崇監督(撮影・柏原誠)

さわかみ関西独立リーグが4月1日に開幕する。

育成、勝負と並行しながら若きアスリートをいかにして社会に送り出すか。今季から大阪ゼロロクブルズの監督を務める藤井秀悟氏(45)は難問と格闘している。同じテーマと向き合い続ける関西学生サッカー連盟の大阪国際大・長野崇監督(49)と、競技の枠を超えて対談。プレーヤーではない自分を直視することの重要性を語り合った。

【取材・構成=柏原誠】

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今回の対談は、大学生アスリートの就職支援事業などを行う株式会社cantera(カンテラ)の橋渡しで実現した。大阪ゼロロクブルズのオーナーであり、大阪国際大サッカー部のスポンサー。プロ野球ヤクルト、巨人などで活躍した藤井監督は同社の社員だ。監督でありながら、大学生の就職支援を本業とする。

藤井 自分はプロを引退して9年目になります。現実は大変なんだと目の当たりにしてきています。その経験から、学生には早く引退して、就職して、スタートした方がいいという話もします。一方、独立リーグの選手には「野球はいつまでもできるものではない。今、頑張っておいた方がいいよ」とも言います。矛盾しているが、どちらも本当のことを言っているつもりです。

独立リーグの選手はプロ野球(NPB)を目指している。「職業」として身を置く場にはなっていない。挑戦を続けるべきか、“卒業”すべきか。毎年、現実との折り合いを迫られる。

長野 「独立リーグは夢をあきらめさせる場でもある」という話をカンテラの矢白木崇行社長からお聞きしました。現実を直視させなければならない、と。

藤井 何のために野球を頑張っているのか、目的意識がはっきりしていればいいです。ただ、1年、2年と現役を延ばすためだけに、何も考えていない選手はうちにはいらないよと話しています。

長野 ずっとサッカー、野球ばかりやってきた子は社会に出て打ちのめされます。「アイデンティティー危機」と言いますが、選手ではない自分と向き合わないといけない。大学の体育会は、アイデンティティー再構築化の時期。サッカーで培ったコミュニケーション能力や忍耐力を、違うところで生かせた経験をさせてあげないと。それで初めてスポーツ教育は成立する。夢をかなえる手助けを行うことと、現実と対峙(たいじ)させ、現実的な目標へとリセットさせることの両輪で指導を行っています。

長野監督はJリーグ広島や神戸で中学生年代の指導を長年続けてきた。日本人では少ないUEFA(欧州サッカー連盟)B級ライセンスなどを取得し、欧州の実情にも精通。同大学の指導者になったのは18年。昨季は3部リーグ18戦全勝で2部昇格を果たした。破竹の勢いで強化を果たし、注目を浴びる指導者の1人となった。

長野 教員でこの大学に入ったのですが、私生活の指導に関しては厳しいです。授業に出ない、成績を収められていないと即サッカー部の活動停止です。

藤井 僕も野球しかやってこなかった。結局、社会に出て苦労しているわけじゃないですか。それを知っているのと知らないのと、当然のように経験してから社会に出ていれば、違っただろうなと思います。選手はよく質問してくるのですが、僕が答えるのは簡単です。でも「こういう投げ方をしたいのですがどう思いますか?」とか、もう1つ深い質問をしてくれといつも言う。ただ聞くのだけはやめてほしい。それと、選手には小学生の手本になる姿でやってほしいと常に言っています。最後まで全力疾走するとか。スカウトの人もよく来てくれますが、チャンスで併殺になったあとの姿とか、そういうところを見ているんだよと。

長野 プロになりたいという選手が1人いるのですが教員免許が負担なので(勉強は)あきらめたいと申し出がありました。逆ですよ。プロになるなら、なおさら教員免許をとっておけと助言しました。現在は単位取得に励んでいます。

藤井監督は進学校の今治西(愛媛)から早大に進みプロ入りした。学業の意識は高い方だったが、それでも後悔が先に立つ。

藤井 僕も一緒です。プロになれるなら単位はいいやと。1~3年生でめちゃくちゃ頑張って教職の単位を取ったけど、4年生で授業をやめちゃいました。あと1年頑張っておけば…。教職があれば引退後にいろいろ道が広がったのにと今すごく思いますね。

長野 33歳で大学院に入り直した時に、ある教授に言われました。「間口が狭かったから掘る穴の深さに限界があったでしょう。でもあなたは今、間口を広げているからもっと深い穴を掘れますよ」と。サッカーという狭い環境で深い穴を掘ったけど、限界が来る。一度、サッカー界から離れて教育学を学びました。昔よりは深いサッカー人になっている気はします。僕もサッカーしか知らなかったから、その経験は伝えることができる。

藤井 学生も変わってきていますか。

長野 どうでしょう。かしこい組織にはなってきたかな。Aチームだけが頑張る組織は嫌だから4チーム体制にした。それぞれのカテゴリーで切磋琢磨(せっさたくま)しようなと。役割を与えて立ち位置が確保されると人は頑張ります。サッカーのライセンスコースで必ず引用されるものが、元フランス代表監督ルジェ・ルメールの「学ぶことをやめたら指導者は教えることをやめないとならない」という言葉。サッカーのライセンスはポイントを取らないと4年で資格を奪われる。リフレッシュ研修といいます。スポーツ科学は常に日進月歩。免許の更新が必要なんです。

藤井 野球界にも必要ですね。そのやり方はちょっと古いでしょというのがあるので…。

長野 サッカーはボールに触っている時間が90分のうち2分と言われている。相手も2分。ということは86分間、オフ・ザ・ボールの戦いなんです。人生も一緒やぞと。急にチャンスはやってくることを伝えています。ほとんどが準備期間。今は人間関係も限定的だから情報が入らない。椅子取りゲームで椅子は何十個もないんですよ。

藤井 プロ野球でも1軍チャンスをつかむ選手と、つかめない選手がいます。つかんでもすぐダメになる選手もいます。僕は、どちらかと言うと「よし今だ」と思って、頑張るタイプだったかもしれません。そのタイミングが合っていたかは別として、ですけどね。うまくなっている瞬間というのは分かった方かもしれません。

長野 Jリーグを離れると覚悟し転職活動を行った際に、知人の助言を元に自身の職務経歴書を改める機会がありました。キャリアをどう見せたらいいのか、その技術を学びました。学生の就職活動に生きています。人の能力は1つではないので、自身をどのように表現していくかが大切。リフレーミングという言葉があるが、昨今の学生は短所は言えるが長所が言えない傾向にある。短所から自身の長所を探す取り組みを行っています。優柔不断であると自己評価する学生には、入念な計画性とミスの少なさを強調するよう指導しています。サッカーという有能感に浸れる環境なら人間関係ができて当然。人事担当者は、うちの社員とうまくやってくれるかなという観点で学生を見ている。インカレ出ました、選手権出ましたと熱く語れば語るほど、墓穴を掘っているような気がします。失敗した経験の方が共感を呼びます。それを乗り越えてきたんだと。それを大切にして今を生きているか。素晴らしい経験と思いを持っていても言語化できないんですよ。

就職支援の仕事をする藤井監督も、学生に自分のことを言語化させようと心を砕いている。長野監督が考える強いチーム作りは、人間作りに通じている。スポーツマンにしか持ち得ない武器は必ずあると信じている。

長野 これだけ時間もお金もかけてきた野球やサッカーの経験を、社会人のスキルにつなげられないのだったら、僕らはもう、スポーツ教育をやっている意味がないと思います。TOEICを1点上げた方が就職できる。公認会計士や簿記の資格を持っていた方がいい。

藤井 独立リーグの選手は本当にプロ(NPB)を目指しています。学生とは違うけど、現実を見たら、やはり厳しい。けど可能性はゼロではない。彼らにどういう言葉をかけたらいいのでしょう。大阪国際大は73人も部員がいますね。2軍にはどんな話をするんですか?

長野 10分でもいいから試合に出られる部分を探しなさい。トップに上がりたければ何か1つでもスーパーなものを作りなさい。そこから15分、20分と伸ばしていく。トップに上がったら今度は自身の課題の修正ばかりが要求されます。

藤井 それは、独立の選手たちにもつながると思います。

長野 昨シーズン、交代した選手が躍動したのはこれらの指導が生きたと確信しています。トップチームでレギュラーとして出場している選手は別の責任という重圧と戦わなければなりません。

藤井 プロ野球も2軍から1軍に上がった選手なんかは、観客も違うし結果に対する責任も違います。

中学生世代の育成のエキスパートと言える長野監督。今後のスポーツ界に革新を起こす可能性がある研究を進めている。「最大の失敗」が出発点になった。Jリーグ広島のジュニアユース(中学)で指導した森重真人の才能を見抜けず、ユース(高校)に昇格してあげられなかった。急激な成長に伴う身体のバランスの不具合を予見できなかった。森重はその後、日本代表にまで成長する。

長野 「思春期不器用」と言うのですが、中3の時に身長が急激に伸びてバランスを崩したんですね。今、日本人の成長を予測する研究をまとめています。小学校から中学2年までのデータを取り、パターンを何十個も用意する。ここに両親の身長を入れると精度がぐっと高まる。PHV(最大発育加速度)がいつ来るか。そこでスポーツ障害が好発するといわれています。これを分かっていたら森重はそのまま広島の選手として日の丸を背負っていたはずです。この反省を生涯の研究課題として、新たな知見を残すことが私の最後の仕事だと思っています。

藤井 そういう監督さんはなかなかいませんね。独立リーグの選手はスポンサーさんを意識しています。野球ができるのが当たり前ではないと意識してくれないと、困ります。その上で社会に出たり、プロに入ったりした方が絶対にいい。長野さん、ブルズは座学もしています。野球だけに終わらず、選手たちにお話をしてほしいです。

◆藤井秀悟(ふじい・しゅうご)1977年(昭52)5月12日生まれ、愛媛県出身。今治西、早大を経て99年ドラフト2位でヤクルト入団。01年に最多勝を獲得。日本ハム、巨人、DeNAと4球団15年間で通算284試合に登板、83勝81敗、防御率3・77。巨人、DeNAで打撃投手や広報を務めたあと22年に大阪06ブルズ(現大阪ゼロロクブルズ)のGM補佐兼投手コーチに。シーズン終了後に監督就任。

◆長野崇(ながの・たかし)1973年(昭48)7月12日、兵庫県生まれ。順大大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了。Jリーグ広島、神戸のジュニアユースチーム監督やコーチを歴任。18年から大阪国際大サッカー部監督。UEFA(欧州サッカー連盟)B級ライセンス、日本サッカー協会公認A級コーチなどを保有。現役時代はFW。