広島で通算213勝を挙げ、球団初の名球会投手となった北別府学(きたべっぷ・まなぶ)さんが16日午後0時33分、広島市内の病院で亡くなった。65歳だった。通夜、告別式は未定。
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巨人のエースとして北別府さんとしのぎを削った江川卓氏(68)は「突然の知らせに驚くとともに、残念でなりません。私が投げ合ったなかで最多の対決試合数を持つ相手でした」と、その死を悼んだ。
通算で19試合に投げ合うなど好勝負を演じ、1982年(昭57)には激しい最多勝争いを繰り広げた。シーズン最終盤に18勝で並んでいた2人。10月3日に江川氏が19勝目を挙げると、翌4日に北別府さんも勝利し、肩を並べた。江川氏は同9日のシーズン最終戦に登板したが、敗戦投手となり、勝ち星を伸ばせなかった。すると、翌10日にマウンドに上がった北別府さんが勝利。20勝で見事に最多勝に輝いた。江川氏は「1982年の最多勝争いも忘れられませんが、非常にコントロールがよく、投げ合うとわかったときに『1点も取られてはいけない』とより緊張して投げた記憶が印象に残っています」と、ライバルとの勝負を振り返った。