“最強”と“至高”の対談が実現した。車いすテニスでパラリンピック金メダル計4個の国枝慎吾氏(39=ユニクロ)と、米メジャー・マリナーズ球団会長付特別補佐兼インストラクターのイチロー氏(49)。ユニクロが、イチロー氏とともに頑張る子どもたちを応援するプロジェクト「ユニクロ イチローPOST」の一環で語り合った。【構成=古川真弥】
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車いすテニスと野球。それぞれの世界で最前線を走ってきた2人の初対面は、東京の有明コロシアムで実現した。ブルーが鮮やかな“テニスの聖地”。コートで顔を合わせると、お互い自然と笑みがこぼれた。
国枝氏(以下、国) いやあ、これは、めちゃくちゃうれしいです。
イチロー氏(以下、イ) うれしいですね、僕も。
2人とも興奮を隠せない。まずは、国枝氏から質問を投げかけた。
国 普段、テニスを見ていて、野球と親和性を感じたり、ありますか?
イ テニスを見てて思うのは、サーブへの反応って大変じゃないですか。
国 レシーブですね。
イ ラケットに当てるだけなら、僕らで言えば捕るだけなら反応はできると思いますけど、さらに力を利用して打ち返す。比較にならないですけど、野球で一番難しい技術は打球反応なんです。例えば、ランナー二塁で打球が自分の正面に。ゴロなのか、ライナーなのか、ショートの上を越してヒットになるのか。その判断が勝敗を大きく左右します。そのとき、野球選手は頭ががんがん動いてるので、判断がすごく難しい。
国 はい。
イ 永遠に簡単にならない。でも、テニス選手のサーブを受ける体勢は、その究極だと思うんです。今年の春、松岡(修造)さんにお会いしたら「捕るだけでいいなら動かない方がいい」と。テニス選手は(体を小刻みに)動かしながら待ちますよね。でも、あれをしてると、基本的に反応自体は遅れると思ってます。
国 なるほど。
イ でも、あれは打ち返すための動きだと思うんですよね。テニスは返さないといけない。野球は判断すればいいんで、そうすると動きは邪魔になる。それがすごく興味深くて。野球のコーチでも「動いてないとダメだ。テニスのサーブを見てみろ」と言う人がいる。でも、テニスは返すことが前提だから、それは違う。僕独自の考え方なんですけど、子どもたちに指導するとき、必ず伝えてます。
国 僕も他のスポーツが何か参考にならないかと思っています。バックハンドは結構、野球のスイングに似てることが多いんですよ。イチローさんもおっしゃるように(投手に)胸を見せちゃいけないとか、同じなんです。僕らも(体が)開いて打つと、どうしてもコースが限定されちゃう。
イ 加速も付かないですもんね。
国 そうですね。そういうところから、野球で何かヒントないかなあと、調べることもありました。
イ いや、世界一の選手ですから! 要らないですよ、そんな。
国 いやあ、常にちょっと勉強しないと(笑い)。
空気も暖まり、イチロー氏がストレートを投げる。
イ 世界一で引退してるの、ずるくないですか!?
国 ありがとうございます。
笑顔で打ち返す国枝氏。今年1月、世界ランキング1位のまま現役を退いた。
国 2013年に東京パラリンピックの開催が決まったときから、東京の舞台を一番の夢にしてました。8年たって夢がかなった瞬間に「もうこれ以上ないな」って悟ったというか。
イ なるほど。
国 もう野心がないままプレーすることは、今までそういう気持ちを持ちながらやってきた自分を裏切るような感覚が、まずありました。当然、達成感と満足感に占められていた。もう1つ、東京のあと、半年間頑張って(22年に初めて)ウィンブルドンも優勝しました。「これで引退だ」と、完結した思いがあって。
イ それは、もう納得の理由です。でも、1位のまま引退。ずるいですよ。
国 ははは。
イ 僕らからしたら(笑い)。ただ、今の理由を聞いたら、よく分かります。これ以上の舞台はないと思ったら、できないですもんね。僕はWBCという大会に2回参加したんですけど、僕にとっては2回目が思い出したくないほどの…。
国 覚えてます。
イ あの時(絶不調で迎えた韓国との決勝で決勝打を放つという)結果が出たから、今、こうやってお話できるんですけど、あれ以上の瞬間は僕はないと思います。その後のWBCに全く出る気になれなかった。
国 分かりますね。
イ (19年に現役を)辞めた後も、僕、元気なんで「もう1回やらないの?」って本気なのか、冗談半分なのか分からないですけど、聞いてくる。でも、あれ以上の辞め方はないという。僕も(引退試合は)東京だったんですけど。それを考えた時に、もう1度、戻るなんてことは、体力や技術ができたとしても、気持ちとして全く戻れない。
理解しあう2人。数字にまつわる話へと移る。
イ 107連勝ですか?
国 そうですね。一番、勝ってた時は。
イ 子どもとやってるわけじゃないですよね?
国 違います(笑い)。
イ いやいや、意味が分かんないですよ。同じレベルの競技者が107回、勝ち続けるって、どういうことですか?
国 まだ20代中後半ぐらいで、一番、脂も乗ってて。スピード、パワーで相手を制すことができてた時代に107連勝。ただ、100連勝ぐらいの時に、ちょっとずつ、その数字が気になり始めました。
イ 100でようやくなんですか? 遅いから!
国 ははは。その時、ちょっと負けないようにっていうテニスに…。
イ 守りに入りかけたんですね。
国 なんか、変わってるなって。そろそろ負けた方がいいなって、思い始めたら負けたんです。
イ 意図的に負けたわけではないですけど、心の持ちようが違ったんですね。
国 何となく、安全パイを切っちゃう感覚で。
イ やっぱりテニスにおいても、攻めていくことが最大の守りでもあり。
国 特に僕たち、車いすで健常者のテニスコートと同じ守備範囲を守らなきゃいけない。そうなると、先手を取って自分のボールをコントロールすることで、相手がどこに返してくるかという読みを発動しないといけない。車いすテニスの大事なところです。攻めないと、相手の場所を限定できないんです。
イ 主導権を取れないんですね。相手からすれば、国枝さんと勝負してるときって、そこに打ちたくないのに打たされてる感触が多分あるでしょうね。野球でもバッターがいいとき、例えば僕がどんな球でもヒットにできるときって、ピッチャーがそこに投げてくれるんですよね。僕の動きに合わせてくれる。でも、ピッチャーの動きを追ってるときは、バッターはやっぱり不利なんです。そもそも良くても3割。これが受けに回ったら、とても3割なんか打てないですよ。
国 なるほど。
イ ただ、自分から攻めるって、すごく難しい。基本的にはピッチャーが動いてからのバッターなんで。だけど、状態がいいときは、そういう錯覚を相手が受ける。実際、言われたことはあります。「イチローは誘導打法」と。僕の足とともに「体が勝手にそっちに動いちゃうんだ」って。
再び、車いすテニスと野球の共通点で盛り上がった。イチロー氏にも至高の数字がある。
イ 世界で1番の人って、1番だから何も変える必要がないというイメージがあります。例えば、僕はヒットのワンシーズン記録262ってのがありますが、翌年には、また違うフォームを試すんですね。どうしてかと言うと、バッティングフォームって常に追いかけていないと、つかめないというか。停滞することが怖かった。国枝さんは、そんなご記憶どうですか?
国 リオデジャネイロ(パラリンピック)の2016年までは、ある意味、絶対王者みたいな感じで。成功体験が邪魔して、変えなくてもいいんじゃないかという思いはありました。でも、その後、ケガの影響で挫折を味わい、若い子に世代交代した。その時に全てを変えたんです。ラケットも変え、車いすも変え、コーチも代え。新しい風をどんどん取り入れていったことで、歯車がまた新しくかみ合った感じがあって。王者に返り咲いたときに、変えたことの経験がものすごくプラスになった。2位、3位の選手が変えることで迫って来てるのに、1位の選手が現状のままでいると、どうしても追いつかれ、追い抜かれてしまう。なので、1位であっても変えなきゃいけないという思いになっていった。自分を進化させていけば追いつかれない。1位であってもアクセルは踏まなきゃいけない。現状維持でいることが、相対的に見たら衰退になってる感じがすごくしました。
イ でも、全部は変えなくていいんじゃないですか? 今まで絶対に変えなかった核みたいなものも、変えていったふうに受け取れたんですけど。
国 変えなかったこととして、僕は2006年にメンタルトレーニングを取り入れました。まだ世界ランキング10位ぐらいで、そこから2年、3年、抜け出せなかった。ここまでかと一瞬思ったときがあった。そのとき、健常者の元世界NO・1を教えていたメンタルトレーナーの方に指導を受ける機会がありました。これからは「NO・1になりたい」じゃなく「自分がNO・1なんだ」と断言するトレーニングから始めようと。それで「オレは最強だ!」って言葉ができたんです。鏡の前で自分に言い聞かせると頭も多分、勘違いしていって、俺は最強という思いになっていった。テニスの試合ってだいたい2時間あるんですけど、常に強気でいることなんて、やっぱりできない。相手に流れがいって、もしかしたらダブルフォールトしちゃうかもとよぎったときに打つと、必ずダブルフォールトしちゃうんです。
イ そういうものなんですね。
国 その時に「オレは最強」って書いてあるラケットのシールを見て「ダブルフォールトしちゃうかもサーブ」から「オレは最強だサーブ」に気持ちでいける。それだけでコントロールされて振り切れるという効果をすごく感じたんですね。
イ めちゃ、単純じゃないですか。僕、そんな話、信じないですよ!
国 本当ですか(笑い)。そういうメンタル的なアプローチ、イチローさんはあるのかなって、すごく気になってたんですよ。
イ 僕は国枝さんと全然タイプ、違うと思うなあ。
国 そうですか。
イ 失敗するかもなあ、うまく打てないかもなあとか、しょっちゅうですよ。だけど、それを消すため、ネガティブな気持ちを消すために何かをする、ということを僕はしないです。
国 しないですか?
イ しないですよ。そのまま行くんですよ。
国 不安な状態で?
イ 不安な状態で行きます。ただ、打席に立つまでの自分の動きを変えたりはないですよ。それはしっかり行った上で、だけど不安なんですよ。
国 ほー。
イ 「オレは最強だ」はないわけです。じゃあ、どうしたかというと、もう技術でカバーしてきたんですよね。この勝負に勝つには気持ちじゃないと。気持ちを上回る技術で結果を出す。そういう考え方でした。
国 なるほど。
イ だから「最強だ」は僕、嫌いなんですよ。
2人 はははははは。
イ 嫌いていうか、僕は絶対にしないアプローチ。だから面白いなと思って。しかも世界一の人が。すごく興味深いです。僕の場合もメンタルを意識する点は同じです。ただ、ネガティブな気持ち、弱気な気持ちが、そこで現れるのは仕方ないことだって思ってる。
国 あー、なるほど。
イ その上で結果が出せないと次に行けないって思ってるんですよ。ごくごくノーマルな平常心な自分が結果を出しても、前に進んでる感触がないんです。逆に不安な状態で結果を出せたときって、フラットな自分が出した結果よりも重いんですよね。あの状態で結果を出したという、次への自信になる。
国 なるほど。
イ その象徴が…。
国 WBCの…。
イ (決勝戦の決勝打となった)センター前ですよ。あれ、すっごくネガティブですよ。でも、しょうがない。覚悟、決めました。あの打席が象徴。いっぱいありました。だからこそ、打席に入る勇気が持てた。そういうタイプなんです。
国 もう1つ聞きたいんですが、すごく有名なイチローさんのルーティン。
イ あれって、いつから生まれました? よく言いますよね。ルーティンって。
国 イチローさんから生まれたぐらい象徴的な言葉だと思ってます。僕も2006年に、メンタルトレーナーに「まずルーティンを自分で決めなさい」と言われました。僕はファーストサーブのとき、2回、地面にボールを突く。セカンドサーブは4回。連続でポイントを取られたら、ボールパーソンにタオルを要求する。チェンジエンドでベンチで休むときは、スポーツドリンク飲んで、バナナ食べて、水飲んだら、ちょうど60秒で、審判が「タイム」と言うように間を生む。要するに、間のスポーツということで、ルーティンで間を埋めていったんです。それよって雑念が入らないように。
イ ああ、分かります。
国 僕は、そうやって誰かから教わった経緯があるんですが、イチローさんのルーティンは誰かから教わったのか、それとも自分で編み出したものなのか。あと、どういう効果があるのか、お聞きしたかった。
イ 教わった記憶は全くないです。僕、面倒くさい性分っていうか、性格なので。
国 ははは。
イ 僕は3年目でレギュラーとして使ってもらったんですけど、経験を積んでいくうちに「これは毎日がむしゃらにやってるだけでは結果は出ない。しかも、130試合、全部こなすことなんかできない」と。そうしたときに、何か邪魔なものを省いていく作業から始まり、でも、結果は別として、球場の中ではある一定の動きをもって臨まないと安定的に精神が落ち着かない。それを、すごく早い段階で感じることができたので、いろんなことを試したわけですよ。試して、試して、いろんなことをやった結果、打席でのああいう動きになるわけです。だから自分で実験していった。僕ね、教わると歯向かいたくなる性分。性格なんですよ、これ。言われること、1回、聞くんですけど、やっぱり頭で理解してる人の話って入ってこない。ちょっと拒絶する傾向もあって。やってみた人の話なら、まだいいんですけど。メンタルトレーナーを職業にしている人の話、多分、全然入ってこない。
国 ははは。
イ いや、僕が教えたるわって思っちゃうんですよ。
国 なるほど、なるほど。いや、めちゃめちゃ面白いです。
イ へへへ。
最後は「挑戦」について。国枝氏は09年にプロに転向した。
国 当時は、まだパラリンピックのスポーツでプロの選手ってなかなかいなかった。既に世界ランキング1位だったんですけど、今の自分の環境や立場が若い子に憧れてもらえるかと言ったら、そうじゃない。同時に、車いすテニスが一般の方々にスポーツとして扱われてないなというのも思ってました。その認識を変えないと、このスポーツを目指す子が少なくなっちゃうと思い、プロ転向したということがありましたね。
9歳まで野球をやっていた国枝氏。初めて1軍の試合に呼ばれた日の朝、腰に激痛が走る。その後、脊髄のがんが見つかった。当時を語る国枝氏の言葉を、イチロー氏は聞き入った。
イ 前の日まで全力で野球ができていた子どもがね。絶望しますよね。そこから、ここまで。僕、最大の挑戦なんだろうなって想像するんですけど。
国 まだ小学校4年生だったので、車いすになるってことが、どういうことなのか、よく分かってなかった。低年齢だから良かったところはあるかも知れないです。もう少し思春期になってたら、ちょっと心も廃れたかも知れないです。
国枝氏を支えてくれたのは友だちだった。復学したら変わらず遊んでくれた。
イ 周りの気持ちというか、どう受け入れてくれるかは大きいですよね。
国 そうですね。少年野球でチームだった子たちと、僕1人、車いすでキャッチボールしたり、打席に立ったりもやってましたね。
イ 明るいですもんね、国枝さん。言われるでしょう?
国 言われます(笑い)。
イ だから国枝さんの挑戦の話をうかがったら、僕の挑戦なんて、もう屁みたいもんだから。
国 とんでもないです(笑い)。
イ 話できないよね(笑い)。国枝さんの挑戦に遠く及ばないですけど、僕、まだアスリートとして十分、動けるので。自分がやりたいことは、もう好き勝手やらせてもらいました。これからは人に喜んでもらったり、そういうことをやってみたいなって。新しい僕の挑戦なんですけど。そのためには自分が全力で動ける状態にないと。僕がしゃべってるだけでは伝わり方が全然違うので。やっぱり、どこまでもアスリートでありたいなと。
国 分かりますね。僕、引退してから、バスケや水泳を始めたりしてるんです。イチローさんは野球を引退されて、何か新しく取りくんだこと、ありますか?
イ ずっと野球やってます。ゴルフ、ちょっとやりたいなって、今でも思ってるんですけど。野球、やんなきゃいけないから、ゴルフの時間ないんですよ。
国 ははは。
締めは、国枝氏のリクエストだった。
国 最後のお願いなんですが…、大変恐縮ですけど、キャッチボールだけしてもらえませんか?
イ ははははは。僕は全然、構わないですよ。
国 本当ですか? 夢です。ありがとうございます。
イ やりましょう、やりましょう。
テニスコートの対角線でキャッチボールが始まった。車いすから力強い軌道で投げられる球を、イチロー氏が受ける。そして、力強く投げ返す。
イ 最高でした。野球やってたら、大きなライバルでした。僕の。
国 いやあ、たまたまですよ。こんなに心が満たされることないです。
ネット越し、がっちり握手を交わした。
○…両氏の対談映像は「ユニクロ イチローPOST」のウェブサイト(https://www.uniqloichiropost.com/)で、28日正午より公開予定。