【日本ハム】木村文紀引退、父に止められ「子どもが大きくなるまでやりたい気持ちも」一問一答

引退会見する日本ハム木村(撮影・黒川智章)

<日本ハム-ソフトバンク>◇18日◇エスコンフィールド

日本ハム木村文紀外野手(35)が、試合前にエスコンフィールドで引退会見に臨んだ。

一問一答は以下の通り。

-引退を決めた理由は

木村 自分の中で現役にこだわってやりたいっていう気持ちも少しありましたけど、家族といろいろ話し合った結果、引退することを決断しました。

-17年間のプロ野球人生を振り返って

木村 正直、ピッチャーで西武ライオンズに入団して、野手に転向して17年間というプロ野球人生を送れるとは想像できなかったですし、野手とピッチャーを経験できたということは、自分としては自慢でもありますし、満足できた野球人生だったかなと思います。

-記憶に残っている試合は

木村 挙げればたくさんあるんですが、ピッチャーで初勝利を挙げた試合、野手に転向して初めてサヨナラホームランを打った試合だったり、去年、静岡での決勝3ランなど、たくさんありますが、今言った3試合が僕の中では心に残っています。

-新庄監督と話は

木村 先ほどあいさつさせてもらって、しっかりお礼をしてきました。「20日の試合(西武戦)に出るぞ」って言われたので、野球人として一生懸命、全力でプレーしている姿を見せられたら。

-今後については

木村 まだ何も決まっていません。

-ファンに向けて

木村 あらためまして17年間、辛いときも、たくさん応援していただき、頑張って来られました。今後のことは決まっていないですが、次のステージでもやっていけるように、頑張っていきたいです。本当に長く応援してくださったファンの方々に、この場を借りて感謝したいです。ありがとうございました。

-家族にはどう伝えた

木村 一番最初は妻に話しました。最初は無言が続いて。最後は僕の意見を尊重してくれて「お疲れ様」という言葉を言ってもらいました。

-両親には

木村 母親は「よく長く頑張ったね」と。父親は「まだできるんじゃないのか」と言う風に言われましたが、納得してもらいました。

-将来は指導者も

木村 そうですね。ずっと野球しかやってこなかったので、最終的にはそういう教える側としてやるというのも1つの夢かな、と思っています。

-多くの指導者と会ってきた

木村 めちゃくちゃたくさん教わってきて。たくさんの指導者に恵まれて。自分の中の財産になってますし。今後そういう職につけるのであれば、教わってきたことを、教える立場として生かしていきたいなと思っています。

-一番感謝したい先輩は 

木村 この人って挙げるのは難しいですけど、やっぱり(西武時代の先輩の)栗山さん、中村さん、岸さん、涌井さん、炭谷さんは、本当に若いときからかわいがってもらって。今はチームもバラバラですけど、一緒に同じチームでやってきた、あこがれの先輩なので。ちゃんとそこは電話で話をして伝えました。

-先輩に学んだことは

木村 すごい練習をする。先輩の背中を見て、僕も追いつきたい、追い抜きたいって言う気持ちでやってきたので。言葉とかじゃなくて姿で示してくれる先輩だらけでした。

-新庄監督に学んだことは

木村 西武の時に4番を打つことがなくて。新庄監督になられて初めての4番も経験させてもらいましたし。すごく選手のことを気に掛けてくれている監督だなと。話しやすいですし、練習中とかもポジションまで来て、いろいろ声をかけてくれて。僕はもう感謝しかないです。

-今シーズンはケガが多かったと

木村 いつもケガするのは腰が多かったんですが、今回に限っては、脇腹も膝も足首も。で、やっぱり最後に腰も来て。ここまでなのかなってのはシーズン中も思ってましたけど、ユニホーム着ている以上は、なんとかリハビリ頑張って、1軍の舞台でまた出られるようにっていう思いでやってきましたけど。それもかなわず。これも僕の人生なのかなと思います。

-2年間だったが日本ハムでの試合も記憶に残る試合に挙げた

木村 本当に、この2年間、全然、球団の勝利に貢献することができなくて。悔しい気持ちの方が強いです。トレードで来て、ファイターズファンの前でプレーする姿をもっと見せたかったっていう気持ちもありますし。本当にこのエスコンフィールドで試合をしたかったな、っていう思いもすごくあって。かなわなかったですけど、悔いはないっす。

-ビジターで事実上の引退試合

木村 本当に恵まれた野球人生だなと思いますし。最後、ベルーナでやってもらえるっていうのは、両球団の方に感謝していますし。最後まで全力で戦って終われればいいかなと思っています。

-気持ちはすっきりした 

木村 会見終えてスッキリした感じです。あんまり暗い感じにはしたくないですけど、そうなっちゃいますよね。まだ、泣かないように。いろいろなこと思い出してこみあげることもあるかもしれないですけど。それはそれで。我慢することはないかなと思ってます。

-父親に「まだできるんじゃないか」と言われたときは気持ちがぐらついた

木村 ぐらつきましたね。おやじが野球を好きだった。そこから僕の野球人生が始まったので。自分の子もまだちっちゃいですけど、大きくなるまでやりたいなという気持ちはあったので。(父親に)言われたときは正直、どうしようとは思ってはいて。でも「けがもたくさんしたし」っていう話をして。そうしたら「じゃあゆっくり休んでくれ」って言われて。それで納得してくれたみたいで。最後の20日は親の前で、そういう姿を見せられればいいかなと思います。

-20日はどれぐらい出場する予定

木村 まだ言われてないです。とりあえず明日、鎌ケ谷に行って、みんなにあいさつして。マシンで打ち込もうかなと。最後の試合に向けて、バッチリ調整して臨みたいと思います。