【阪神】「ドラ1投手・下村海翔」の原点 父の言葉で決断した中学2年時の“移籍”/連載 1

阪神ドラフト1位下村海翔(2023年12月11日撮影)

<大海原に翔けろ>

阪神は今秋のドラフトで青学大の最速155キロ右腕、下村海翔投手(21=九州国際大付)を1位指名しました。

日刊スポーツでは下村投手の幼少期からプロ入りまでの歩みを「大海原に翔けろ」と題し、連載でお届けします。第1回は「ピッチャー下村」の原点となった父毅(たけし)さん(53)の言葉を紹介します。【取材・構成=波部俊之介】

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サーフィンを趣味とする父毅さんが好きな「海」。大きくはばたいてほしいと「翔」。そんな願いをこめられ、下村海翔は誕生した。幼少期から自然と野球に熱中。キャッチボールやテレビに映る野球中継に引き込まれた。「スポーツするなら野球がしたい」。小学3年生に上がったタイミングで、自ら少年野球に体験入団。地元兵庫・西宮市の甲武ライオンズに入団した。

入団当初は4年生以下が在籍する「C級チーム」に所属。ポジションが固定されず、さまざまなポジションを経験した。当然打席にも立つ中、毅さんからは「50回でもいいから」と毎日の素振り継続を促された。試合結果で怒られることはなかった。一方で素振りをサボると時に叱られた。当時は渋々続けてきた練習だが、今では感謝している。「今になって、父の言っていた意味が分かるというか。継続することの大事さというのは、年を重ねるにつれて分かってきました」。

小学5年生の後半から6年生になる頃には本格的に投手も開始した。三塁や捕手なども兼任しながら、県大会出場にも貢献。当時は「とにかく試合に出たい」の一心だったという。自転車で通える距離だった地元甲子園で躍動する阪神タイガースにも憧れた。友達とはよく阪神戦を観戦。応援歌も「覚えていた」と振り返る。虎戦士への憧れも抱きつつ、未来のドラフト1位右腕はまだおぼろげながら、将来の夢に「プロ野球選手」を掲げていた。

大志を胸に抱き、中学1年生からは硬式のクラブチームに入団。チーム事情もあり、任されたポジションは捕手だった。投手志望だったとはいえ、初めはがむしゃらに練習した。「自分はうまくなかったので。試合に出られるならどこでも、と」。だが中学2年生に上がる時、父から結果的に野球人生の転機となる言葉をかけられた。

「キャッチャーでいいんか?」

父の一言で初めて気づいた投手への思い。「父から言われた時、なんか寂しい気持ちというか、ピッチャーをやりたい気持ちがありました」。一念発起し、所属チームを退団。寂しさを感じつつ、チームメートに別れを告げてまでマウンドを求めた。“移籍先”には地元で有名な宝塚ボーイズを選択。しかし練習初日、下村は早速、衝撃を受けることとなった。【波部俊之介】(つづく)